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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2022年10月25日

第410回 「マンションみらい価値研究所」が「マンションで発生する訴訟」を分析

 大和ハウスグループは、「マンションみらい価値研究所」と名付けた、とてもユニークな研究所を擁しています。私が執筆している、「みらい価値研究所シリーズ」では、以下のテーマを取り上げてきました。

 ❶「修繕積立金の値上げパターン」
 ❷「居住者間のペット問題解決」
 ❸「IT総会・理事会の実態」
 ❹「高齢化問題への対応」
 ❺「新施設・赤坂プラスタでセミナーを定期開催」
 
 ❻「マンショントラブルの実態」
 ❼「管理組合の防犯対策(防犯カメラの設置)」
 ❽「マンションから消えゆく機械式駐車場」

 それに続いて今回は、❾「マンションで起こる訴訟」に、焦点を合わせたいと思います。

 先ず、レポートのタイトルと、執筆者名を紹介しましょう。

 レポートのタイトル、「紛争の実態。マンションではどんな訴訟が起きているか?」

 執筆者名、「マンションみらい価値研究所・研究員、田中 昌樹氏」

 URL<https://www.daiwalifenext.co.jp/miraikachiken/report/210830_report_01>

 URL<https://www.daiwalifenext.co.jp/miraikachiken/report/210830_report_01.pdf>

 (注)資料は上記のように、通常の「インターネット形式」、および「PDF形式」の2タイプが存在します。そして両者は、少しだけ異なります。

[■■] 分譲マンションを巡る紛争

 分譲マンションを巡って紛争が生じることがある。新築分譲時や中古売買時のトラブルが原因となることもあれば、管理組合運営上の意見の相違など原因は様々である。

 理事会などで義務違反者への措置を検討する際には、次の様なやりとりがなされる。

 「もし相手方が納得しない場合に、裁判を起こしたら勝てるのか?」

 「総会で決まったことに強硬に反対する区分所有者がいて、損害賠償を請求すると言っているが、訴えられたら管理組合役員に責任はあるのか?」

 そうした際には、同じような紛争についての裁判例を書籍などで探すことになる。

 近年、管理組合内部での意見対立などを巡って、裁判になることが増えたと言われている。管理会社としても、そうした感じを受けるが、果たしてそうだろうか。

 分譲マンションに特化した公的な統計やデータは存在しないようであり、マンションにおける裁判数の総数を把握することは難しい。書籍は、裁判例から一部を載せているものであるし、裁判所の検索ページもすべての訴訟を網羅しているものではない。

◆マンション管理業協会の「検索システム」

 一般社団法人マンション管理業協会では、2012年より会員の管理会社向けに裁判例の提供を行っており、2021年6月末時点で1135事例が掲載されている。裁判所のホームページや書籍を含めて、分譲マンションに関する裁判例を最も多く収めているデータベースといえる。

 この検索システムには、「マンションの管理組合運営を巡るトラブル」や「分譲時のトラブル」など分譲マンションを巡る裁判例に加えて、「不動産取引を巡るトラブル」や「法人の権利能力など」、分譲マンションとの関係は薄いものの、マンション管理組合の運営を進めるにあたって参考となる事例も掲載されている。

[■■] 原告、被告など

 検索システムに掲載されている裁判例について、まず「誰が訴えているか(原告)」、「誰が訴えられているか(被告)」について調べた。

 ① 誰が訴えているか(原告の数、割合)
 最も多いのは「区分所有者(38.8%、336件)」、次に「管理組合(31.1%、269件)」だった。そしてこの2者で、全体の69.9%を占めていた。

 ② 誰が訴えられているか(被告の数、割合)
 最も多いのは「区分所有者(30.5%、264件)」、2番目が「管理組合(23.1%、200件)」、3番目が「分譲主・不動産会社・建築会社(22.1%、191件)だった。そしてこの3者で、全体の約75.7%を占めていた。

 ③ 誰が(原告)、誰を(被告)訴えているのか ———「クロス集計」の結果。
 1位は、「管理組合」が「区分所有者」を訴えているケースで、196事例(約23%)だった。
 代表的な例は、「管理費等の未収納者」など、「義務違反者」に対するものだった。

 ④ 次に多いのは、「区分所有者」が「管理組合」を訴えているケースで、124事例(約14%)だった。
 代表的な例は、区分所有者が「総会決議や改修工事の無効を主張する」ものだった。また、管理組合や理事長に損害賠償を求める主張も少なからずあった。

[■■]争われている内容

 裁判において争われている内容を分類し、その数を調べた。
「分譲・売買」に伴うものが最も多く、「眺望・景観に関するトラブル」や「重要事項説明に関わるトラブル」、「瑕疵(心理的瑕疵含む)など」が多くみられた。

 次に多い「管理費等」は、管理費等の未収納者に対して管理組合が訴えるものであった。

[■■] 裁判例の時期的な傾向

 まず、全体的な傾向を見ると、「裁判例自体は増加の傾向にある」ことが分かる。そして、「裁判例の多い項目」は、次の順になっている。

 ①管理組合の運営に関連――309件
 総会運営に関する疑義・総会決議の無効を主張するもの 、資料の閲覧を請求するもの 、管理組合役員による横領・管理組合役員の背任行為・管理組合役員による利益相反行為の是正や損害賠償を請求するもの、管理組合役員選任に関す る疑義・管理組合役員の解任を求めるもの。

 ②管理費等の未収納者など、「義務違反」に関連――240件
 管理費等の未収納者に対する請求や義務違反者に対する行為の停止 、ペット飼育に関するトラブル。

 ③不動産取引に関連――228件
 分譲時の重要事項説明の不足や売買に伴うトラブル、新築時の請負工事に伴う瑕疵の主張、賃貸借契約に伴うトラブル 。

 ④管理規約・専用使用権などに関連――100件
 管理規約・区分所有法の解釈を巡るトラブル、専用使用権を巡るトラブル。

 ⑤大規模修繕など、工事に関する裁判――50件
 大規模修繕・改修工事に伴うトラブル、建替え決議・復旧工事に伴うトラブル。

 総数が多いのは、「①総会運営・閲覧請求・横領・管理組合役員選任・名誉棄損」と「②管理費等未収・義務違反・ペット」であり、2005年以降に増えている。

 「③分譲・売買・請負工事(瑕疵)・賃貸借契約」については、年によって違いがある。宅地建物取引業法の改正が数次にわたって行われており、重要事項説明内容の適正化などが行われているものの、訴訟という観点ではあまり変化が見られていないことも分かる。

 これは、管理規約に関するものでも同様と言える。管理規約については、1997年に比較的大きな改正が行われ、駐車場の専用使用権の整理や専有部分のリフォームの事前申請、共用部分と一体となった配管等の改修について整理が行われている。

 しかしながら、裁判例の数はそれほど多くはないものの「④管理規約・区分所有法・専用使用権」に関する訴訟は、一定の数で生じ続けている。

[■■]管理組合運営に伴うリスクとその備えについて

 ①管理組合運営にともなうリスク
 管理組合運営に伴う訴訟が増加傾向にあるので、管理組合運営に伴うリスクを把握するために、損害賠償を請求しているものがどの程度あるのか、損害賠償の額についても確認を行った。

 管理組合や管理組合理事長、元理事長などが、管理組合運営に伴って被告となって何らかの責任を追及されている事例は220であった。

 そのうち、95件については、管理組合や理事長または元理事長(管理者を含む)に対して明確に金銭による損害賠償を請求している。

 なお、損害賠償請求の最低額は5万5000円、最高額は2億5千万円であった。損害賠償額の平均は約1000万円で、中央値は約140万円であった。

 ②リスクへの備え
 一般社団法人「マンション管理業協会」は、「三井住友海上火災保険」と連携協定を締結。その第一段として、管理組合役員の業務に伴う損害賠償リスクを保証する「役員賠償責任保険」を組成した。そして、2020年8月から、「管理組合向けマネジメント保険制度」という名称で商品提供を行っている。

[■■]「管理組合向けマネジメント保険制度」の背景と内容

 ①保険制度の背景
 「建物の高度化・高経年化」、「居住者の高齢化」、「災害の激甚化」、そして「新型コロナウイルスへの対応」など、マンションの管理・運営を取り巻く環境は厳しさを増している。こうした状況を受け、管理不全マンションの増加を懸念する地方公共団体もある。

 「行政が関与する動き」、
 「建物の高層化や大規模化に伴う管理業務の高度化・複雑化、マンション標準管理規約の役員規程の整備などに伴う責任の増加、個人情報保護法改正による責任の強化など、管理組合役員が抱えるリスクは大きくなっている。

 リスクのために、管理組合運営の停滞や管理組合役員のなり手不足といった問題が生じるおそれ」、「こうした現状を受けて、管理組合運営によって生じる損害賠償リスクを幅広く、かつ十分に補償する保険制度を開発した」。

 ②保険制度の内容
 「マンション管理組合の役員が管理規約に規定する業務に係る行為に起因して、損害賠償請求を受けたことによって負担する法律上の損害賠償金、弁護士費用、法律相談費用、初期解決費用等の損害や情報漏えい対応費用等を補償(する)」

 一般的なリスクコントロールへの対処の考え方では、リスクを発生の頻度とリスクの大小をもとに検討される。生じることは稀ではあるが、生じた場合のリスクが大きいものは、保険をかけたり、専門家によって低減策を講じることとなる。

 管理組合役員として訴えらえることは、発生が稀であるが、リスクが大きい事項に該当するだろう。従来はリスクコントロールとしては、マニュアルの制定や規約の改正、丁寧な説明などが対応策とされてきた。

 一方で、管理組合役員が裁判で被告になり、損害賠償を請求されるなど業務から不可避的に発生するリスクについては、あまり議論されてこなかった。

 管理組合運営に伴う課題は、災害の激甚化や居住者の高齢化、建物の老朽化など様々であり、その対応のためには管理組合役員の意思決定が欠かせないが、意思決定にはリスクが伴うものである。この機会に管理組合役員のリスクのヘッジ策についても検討する価値があるものと考える。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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