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「斜め45度」の視点

2020年1月14日

第334回 集中連載③ 大林組と大京の先進的な「タワマン浸水対策ガイドライン」

 前回は「前田建設の明解なタワマン浸水対策ガイドライン」でした。それに続いて今回は、大手ゼネコンである大林組の「建物の水害に対する設計ガイドライン」と、大手デベロッパーである大京のライオンズ新防災システム「ソナエル・システム」を紹介します。

 このうち大林組の「建物の水害に対する設計ガイドライン」は、2007年発行の「大林組技術研究所報No.71」に掲載されました。大手ゼネコンとしていち早く作成した、当時としては先進的な「水害対策ガイドライン」だったと思われます。その冒頭で次のように述べています。

 <https://www.obayashi.co.jp/technology/shoho/071/2007_071_03.pdf>

 ──近年、都市部では、局所的な集中豪雨により、河川や下水道から溢れた水が地下室や地下街に浸水し、死者が発生する等の被害が発生している。また沿岸部では、地震による津波、台風などによる高潮の被害も想定される。

 この対策として「洪水ハザードマップ」や「地下空間における浸水対策ガイドライン」等の資料の整備も進みつつあるが、設計者が水害に対し認識が不足しているため、浸水対策が不十分な場合もある。

 その原因は、設計の流れに沿った浸水対策マニュアルが不十分のためと思われる。本報告はこれらの資料を基に、構造物の設計に浸水対策を適用する場合の具体的な考え方をまとめ、その設計フローを提案するものである。──

【■■】大林組「水害対策の設計フロー」のステップ1〜ステップ3

 「水害対策の設計フロー」は、大きく4ステップに分かれています。順に見ていきましょう。

 1,ステップ1「浸水危険性の調査」

 a,洪水ハザードマップ等の調査
 b,窪地の調査
 c,浸水実積の調査
 d,河川氾濫マップの調査

 2,ステップ2「浸水危険性に対する対策等の検討」

 a,設定した浸水深の対応
 足立区西新井では、浸水深とその対応として以下の想定モデルを設定している。

 一 荒川が氾濫した場合 2.0~5.0m → 避難優先
 二 利根川が氾濫した場合 0.5m未満 → 財産保全
 三 江戸川が氾濫した場合 0.2m未満 → 財産保全
 四 隅田川が氾濫した場合 0.2m未満 → 財産保全
 五 中川・綾瀬川が氾濫した場合 0.5~1.0m → 財産保全

 b,地下階設置の方針検討
 特に危険性が大きいと考えられる場合は、地下空間の用途及び規模を勘案し下記の措置をとる。

一 浸水しないことを求められる建築物の場合は、地下室を設置しない。
二 浸水させたくない居室や電気室等の設備は地下に設けない。
三 やむを得ず、重要設備や機能を地下階に設置する場合は、浸水しにくい計画にする。

    

 3,ステップ3「地下空間における避難安全性の確保」

 地下空間における浸水の上昇速度を低減させるため,次のような措置の中から適切なものを選択し、避難可能なルートを確保することになる。具体的には下記の例がある。

 一 地下への流入口部をマウンドアップする
 二 防水板を設置する
 三 ドライエリア周辺を立ち上げる
 四 換気口等を立ち上げる
 五 地上から直通出入口を閉鎖する
 六 地下空間に入る前室の拡張

 4,ステップ4「財産保護対策と実例紹介」

 a,措置レベルの決定
重要な機器を設置する地下空間等に、浸水を可能な限り生じさせない構造とするレベルを決定する。

一 例えば、コンピュータや精密機械等のように、水に対して脆弱で、社会的・経済的に損傷した場合のダメージが大きい設備等がある。

 また帳簿、写真、図書、電子情報媒体等の情報が喪失し、復旧のための費用や時間の損失等の被害が甚大になることが予測される場合がある。

 したがって、これらは極力地下空間への設置は避けるべきである。

しかし、やむを得ず地下空間に設置した場合は、想定される浸水に対して地下空間への浸水を絶対に避けるための措置レベルを目標とする。

 二 同様に不特定または多数の人が利用する地下空間や貴重品、危険物を保管する地下空間等に対しても建築主が浸水しないことを目標として要求することがある。

 対策費用はかなり大きくなることが想定されるため、費用対効果を十分に検討した上で、地下空間に設置するか否かを含めて措置を決めることが重要である。

 b,浸水後の重要室への浸入防止対策
 重要な機器を設置する部屋等に、浸水を可能な限り生じさせない「対策(浸水被害の回避)」としては、地上部および地下の対策、重要室まわりの対策、建物内に流入する雨水の排水対策がある。

 具体的には、「地下階明かり取り窓開口部に立上りを設置」、「ドライエリア周囲に立上りを設置」、「地下通路入口のマウンドアップ」などが考えられる。

 c,シミュレーション実施例
 ここでは、浸水の予測を時刻歴で行った例を示す。具体的には2000年9月の東海豪雨の1.5倍として、名古屋地方気象台で観測された12時間分の総雨量(449mm)の1.5倍となる674mmを与えた──。

 ちなみに2019年10月の台風19号に伴う、多摩川の24時間最大雨量は453mmでした。

【■■】大京のライオンズ新防災システム「ソナエル・システム」

 次に、大手マンションデベロッパーである大京が開発し、2017年度グッドデザイン賞の受賞という快挙を成し遂げた、ライオンズ新防災システム「ソナエル・システム」について説明しましょう。

 <https://www.daikyo.co.jp/dev/files/20171004.pdf>

 これは「従来までの大地震に備える対策」に、「急増する大雨による浸水に備える対策」と「災害後の生活持続性を確保する対策」を加えた、いわば「3本立てのシステム」になっています。

 このうち「災害後の生活持続性を確保する対策」は、現時点では最も先進的な内容と思われます。

 ──太陽光発電に蓄電池を組み合わせ、停電時にはエレベーターや給水ポンプ等に電力を供給することで、生活を持続するためのライフライン確保を行う。また平常時には、太陽光発電による電力を共用部照明等に利用し、維持管理費削減にも貢献する──。

 残念なことに、大京のプレスリリースやウェブサイトには、「浸水対策ガイドライン」の詳しい説明は掲載されていません。

【■■】グッドデザイン賞の審査委員の評価

 「ソナエル・システム」について、グッドデザイン賞の審査委員は、次のように評価しています。

 ──防災、減災は、これからの集合住宅、もっといえば、地域社会の維持管理にとって、極めて大きなテーマである。しかしながら、あらゆる事象に対して機械的な対応だけでは非現実的であろう。

 この防災対策「ソナエル・システム」は、様々な困難を具体的にブレークダウンし、シェアの思想をベースに、新しいデザインとして統合している。

 また、自社管理物件といえどもゼロベースで見直すという「ある種の勇気」と、次のデザインに結びつけようとする姿勢も合わせて評価したい──。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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