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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2011年5月17日

第31回「穏やか」だった長周期地震動

 東日本大震災による長周期地震動は「最悪」なものではなく、マグニチュード9という規模の割にはむしろ「穏やか」だった。

 長周期地震動とは、周期が数秒から10数秒程度の地震波による大地の揺れのこと。震源から遠く離れた場所に建つ、超高層ビルや石油タンクなどを共振さて、ゆっくり、大きく、数百秒にわたって揺らす。

 首都圏における長周期地震動に関しては、東京大学地震研究所の古村孝志教授によって、地震研(文京区弥生)とK-NET新宿(新宿区上落合2丁目)における記録が公表されている。

 長周期地震動の大きさ(強さ)は、主に「速度応答スペクトル」によって判断する。「速度応答スペクトル」はSvともいい、単位はcm/s(他に、センチ/秒、カインなどと書くこともある)。


 今回観測された周期5~10秒の長周期地震動のレベルは、04年の新潟県中越地震を少し上回るレベルだった。マグニチュード(M)9と巨大だったのに、M6.8の中越地震と同程度だったのは、古村教授によると、「地震波の伝搬経路や関東地方の地下構造などの影響と考えられる」。

 本欄で前回、「建物に最悪の被害をもたらすキラーパルスが、阪神大震災の2割から5割にとどまった」と述べた。長周期地震動に関しても、幸いなことに、「最悪」ではなく、むしろ「穏やか」だったことになる。

 ただし、注意したいのは、想定・東海地震の長周期地震動が、今回の実に約4倍に達することである。

 大震災の直前、「長周期地震動問題」に関する重要な出来事が続いた。

 ひとつは、2010年12月に、国土交通省が「超高層建築物等における長周期地震動への対策試案」をまとめ、意見募集を開始したこと。

 試案では、新築される超高層建築について、「東海地震、東南海地震、宮城県沖地震という3地震を対象にして、長周期地震動を考慮した設計用地震動によって構造計算する」ことなどを求めている。また、既存の超高層建築についても、「3地震による長周期地震動の影響が大きいものは、再検証や補強を要請する方針」とした。

 もうひとつは、今年3月4日に、日本建築学会が記者会見を開き、長周期地震動対策の必要性を強調したことだ。

 「長周期地震動の影響を受けやすい、高さ20階建て以上の超高層ビルが、全国に約1100棟ある。東海・東南海・南海地震が連動して起きた場合、これらのビルの揺れは、振幅が従来の想定の約2倍になり、時間的にも5~10分間続く可能性があることが分かった。よって、建物によっては、耐震補強工事の必要がある…」

 これまでに建設された超高層ビルの多くは、設計段階において、速度応答スペクトルを阪神大震災以前は50cm/s程度、阪神大震災以後は80~100cm/s程度、2003年に長周期地震動問題が認識されて以後は100~200cm/s程度として設計されてきた。

 それに対して、東京の新宿では、 想定・東海地震が来ると、速度応答スペクトルが50~200cm/s程度になる。すなわち、2003年以前に建設された超高層ビルに関しては、設計値を大きく超える事態になるため、新築ビルの設計変更と既存ビルの見直しが必要になってくるのだ。

 国交省の「試案」、建築学会の「取り組み」について、出典にURLを示した。タワーマンションの関係者は、よく読み込んで、対策を急いでほしい。

参考資料

 図1・2「東京大学地震研究所HP」から抽出

 図3「地震調査研究推進本部・長周期地震動予測地図2009年試作版」から抽出

 4「国土交通省・超高層建築物等における長周期地震動への対策試案」

 http://www.jishin.go.jp/main/chousa/09_choshuki/index.htm

 5「日本建築学会・長周期地震動対策に関する日本建築学会の取り組み」

 http://www.aij.or.jp/jpn/databox/2011/20110309-1.pdf

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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