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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2011年9月13日

第43回「洪水ハザードマップ」の意外な盲点

 大雨が降ったとき、河川がどのように氾濫するのかを示す「洪水ハザードマップ」に、意外な盲点があるのをご存知だろうか。

 東京23区および東京各市に関する洪水ハザードマップは、東京都建設局のウェブサイトで入手できる。このとき、各区市で公表されている洪水ハザードマップは、想定している大雨の種類により、8種類に分かれている。

 基本は東海豪雨を想定した洪水ハザードマップである。それに荒川、多摩川、浅川、江戸川、利根川、中川・綾瀬川、芝川・新芝川が氾濫した場合の、7種類の洪水ハザードマップが加わる。

 例えば、千代田区に関しては、2枚の「洪水ハザードマップ」がある。

 【千代田区の洪水ハザードマップ】

 (1) 東海豪雨を想定した「洪水ハザードマップ」

 (2) 荒川の決壊を想定した「洪水ハザードマップ荒川版」

 1枚目は、東海豪雨を想定した「洪水ハザードマップ」で、神田川、日本橋川、隅田川が大雨によって増水して、水があふれた場合の予想結果である。

 前提として知っておく必要があるのは、「2000年の東海豪雨では、9月11日の午後から、翌12日の午前に掛けて、総雨量で589ミリ、時間最大雨量で114ミリを記録した」ことである。千代田区の「洪水ハザードマップ」は、「この東海豪雨と同規模の豪雨が、東京都を襲ったと想定」して、河川の流域における浸水状況を示している。

 もう1枚が「洪水ハザードマップ荒川版」。これは、荒川流域で200年に1回の大雨が降り、荒川の下流域で堤防が決壊した場合の浸水状況である。大雨の規模は、3日間で総雨量548ミリとしている。

 ここで、次のURLをクリックして、東海豪雨を想定した千代田区の「洪水ハザードマップ」を、少しだけ見てほしい。

 <23.1千代田区ハザードマップ完成版.pdf>

 地図の各色は、次の各地域に対応している。

 【洪水ハザードマップの地域分け】

 白色地域 浸水なし

 黄色地域 浸水深さ50センチ未満

 緑色地域 浸水深さ50センチ以上?1メートル未満

 青色地域 浸水深さ1メートル以上?2メートル未満

 紺色地域 浸水深さ2メートル以上?5メートル未満

 さて、「洪水ハザードマップ」の意外な盲点とは何か。それは、最近頻発するようになった集中豪雨では、意外なことに1時間に100ミリ程度の雨が降っただけで、白色地域が浸水したケースが報告されていることだ。要するに、東海豪雨(1時間に114ミリ、2日で589ミリ)より少ない雨でも、「浸水しないはず」の白色地域に浸水する場合があるという、由々しき事態になったのである。

 白色地域であるにもかかわらず、なぜ、浸水するのか。その理由は、「東京23区では、下水道管の太さが、1時間に50ミリまでの降雨量を処理することを、前提にしてつくられている」ため。要するに、局所的に1時間に50ミリを超える雨が降ると、下水道網で処理しきれないのである。

 したがって、大雨が狭い範囲に集中した場合には、東海豪雨より少ない雨でも、白色地域が浸水してしまう恐れがある。

 地下住戸をつくろうとする場合、これまでは、洪水ハザードマップをひとつの基準にすれば良かった。しかし、ハザードマップは「不完全」であることが分かった。すなわち、1時間に100ミリを超える局地的なゲリラ豪雨が降る時代には、ハザードマップを参考にするだけでは、もはや十分とはいえないのである。

 地下住戸をつくる場合の注意点をまとめてみる。

 第1に、「洪水ハザードマップ」に加えて、プラス・アルファ調査が必要になる。すなわち、マップを手がかりにしつつも、それにプラス・アルファして、現地の事情を知る人に、浸水の履歴に関して詳しい話を聞く必要がある。

 第2の注意点は、湧水・浸水対策である。地下住戸では、床下のピット(穴)に排水層を設け、そこにたまった水を、排水ポンプで外部に排出しなければならない。また、地下室に水回り(台所、風呂、洗面、トイレ)を設ける場合には、豪雨時における逆流を防ぐ意味でも、排水ポンプを設置しなければならない。ピットの容量、排水ポンプの性能は、「1時間に100ミリの豪雨」に耐えられるだろうか。

 第3は、ピット(排水層)に溜まった水が異常な水位なったとき、警報を発する「浸水警報機」の設置である。これにより、知らない間に湧水・浸水していた、という事態を避けなければならない。

 第4は、ドライエリア(空堀=からぼり)の設置である。これは、地下住戸や地下室を持つ建築物の外壁を囲むように掘り下げられた空間のことで、浸水時における避難・救出の経路として役立つ。

 第5は、止水位置を予想水位より高く保つこと。みらいテクノハウスの資料「ゲリラ豪雨と地下室」に見るように、1階玄関の高さ、ドライエリアの手すりの高さは、予想水位より高い位置になることが重要である。また、「いざ」という事態に備えて、止水板などを確保しておきたい。

 【参考資料】

 「東京都建設局/洪水ハザードマップ」

 「東京都下水道局/地下室・半地下家屋に十分な注意を」

 「みらいテクノハウス/ゲリラ豪雨と地下室」

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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