リアナビ

スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2016年1月26日

第200回傾斜マンション管理組合理事の疲労と心労

 「パークシティLaLa横浜」の管理組合が、西棟の手すりがズレているのを発見したのは2014年11月だった。それ以来、管理組合の理事たちは週1回のペースで長時間におよぶ理事会を開くだけではない。状況に応じて、仕事が終わってから集合し、夜中の12時過ぎまで打ち合わせを行うことも少なくないという。

 私は管理組合から講演を依頼されたため、複数の理事とメールで十数回やり取りをした。すなわち電話で肉声を聞いたわけではないが、それにもかかわらず、届いたメールを一読するだけで、理事たちが多忙なため疲労している気配がありありと伝わってきた。

 例えば朝の10時くらいにメールを出すと、昼の12時30分くらいに「勤務中でしたので返事が遅れて申し訳ありません」という前書きがついて返事が返ってくる。また夜の8時くらいにメールを出すと、夜中の24時くらいに「マンションで会議中でしたので──」というような具合だった。

 そういう中で管理組合にとって幸いだったのは、2013年までは「理事の任期は1年」だったのを、2014年から試験的に、一「理事の任期を2年に延長して」、二「1年ごとに半数を入れ替える」という方式に変更していたこと。

 これは役員が毎年入れ替わると、管理組合の運営方針が継続しにくいだけではなく、ノウハウが維持・蓄積されにくいためである。

 そして2015年12月に開催された臨時総会において、管理規約の役員選任規定を改定。一「理事と監事を2倍にする」、二「任期は2年にして、1年ごとに半数を入れ替える」方式に移行することが決まった。これにより、理事の疲労は少しは軽減される見通しである。

 ただし、仮に全棟建替と決まると、新たな難題が持ち上がってくる。従来の管理規約が「役員が組合員でなくなった場合、およびLaLa横浜に現に居住しなくなった場合には、その役員はその地位を失う」となっているのである。

 そのため、次のように改定した。「LaLa横浜に現に居住しなくなり、かつ役員としての職務を全うすることが困難な場合は、その役員はその地位を失う」。

 これは、全棟の建替に備えるために、役員が一時的にLaLa横浜から退去した場合には、その役員の意向を踏まえつつ、職務を全うすることが可能かどうかを、理事会で判断することを前提とした改定である。

 しかしながら、「LaLa横浜」の管理組合には、別に大きな心配事が加わった。国交省マンション政策室による「コミュニティ殺し策」の行方である。これはマンション標準管理規約から、「地域コミュニティにも配慮した居住者間のコミュニティ形成」、「地域コミュニティにも配慮した居住者間のコミュニティ形成に要する費用」という2項目を削除しようとする政策である。

 全棟が建替となると、理事だけではなく705戸の住民も一時的にバラバラになる。その結果、各地に散った住民の心をつなぐためには、管理組合としてコミュニティを維持するための活動を続ける必要がある。

 例えば「管理組合便り」みたいなものを作って全戸に届けたり、子供の通園・通学先に悩む家庭が集まって研究会を組織したり、高齢者がいる家庭を訪ねて様子を聞いたり……。しかし、「コミュニティ殺し策」が実施されると、こういった活動はできなくなる。

 「LaLa横浜」管理組合はそういった事態を深く心配。国交省マンション政策室が行った「パブリックコメント」募集に対して、次のような意見を提出した。

 「現在、当管理組合は、杭の施工不良問題に直面し、極めて厳しい局面を迎えています。仮に標準管理規約が変更された場合、管理組合運営に致命的な問題を被る恐れがあり、必然的に多くの区分所有者が、大変な苦しみを背負うことにもなりかねない状況となります。さらに、杭施工実績のある各社の施工記録改ざんの全容が解明されておらず、当管理組合と同じ立場や苦境に陥る可能性が他の管理組合にもあると考えられます」。

 しかし、信じられないことに、国交省マンション政策室からは、この意見に対して何の連絡もなかったという。要するに無視されてしまったのである。管理組合の理事たちの心労は尽きることがない。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


BackNumber


Copyright (c) 2009 MERCURY Inc.All rights reserved.