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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2012年8月21日

第76回津波と新幹線と一条工務店

 内閣府「南海トラフ巨大地震モデル検討会」が今年3月、沿岸地域を巨大な津波が襲うと警告して以降、太平洋に面した各都市は対策に追われている。

 そのなかで、静岡県浜松市は2つの出来事が交錯して、不動産市場に特異な影響が現れている。

 浜松市は政令指定都市で、人口は約80万人。太平洋(遠州灘、標高0m)から、浜松駅(標高5m)まで約5km。そして、浜松駅から三方原台地(標高10m以上)まで約3kmある。

 

 浜松市の想定津波高は約10m。浜松市の被害想定では、「津波は浜松駅まで及ぶ」「西部地区では佐鳴湖まで及ぶ」とする。これを受けて、浜松市民は、「東部地区では東海道新幹線より北側はほぼ安心」「西部地区は新幹線の北側でも危険」と認識している。

 一方、東海道新幹線は、浜名湖の標高数mエリアを横断して走るので、津波により寸断される危険性が高い。

 このため、浜松市北部の高台では不動産への需要が増加している。しかし、沿岸部で不動産価格が下落した影響で、移転費用を捻出できない住民が多く、総じて不動産市場は冷え込んでいる。

 そんな最中に話題を呼んだのは、浜松市で創業された住宅メーカーの「一条工務店」(本社、東京)が、防潮堤の建設資金300億円を静岡県へ寄付すると表明したこと。防潮堤の工事区間は、浜名湖入り口東岸から、天竜川西岸までの海岸線17.5km。防潮堤の規格は、南海トラフ巨大地震に伴う想定津波高より、高いものとする。

 防潮堤で巨大津波が防げるのかどうか、建設資金が300億円で足りるのかどうかは不明だが、ひとつの朗報であることに変わりはない。

 一条は従業員数約3700名、グループ全体の売上高は2437億円、経常利益は182億円。よって、毎年100億円ずつ、総額で300億円という寄付は、相当に思い切った金額である。

 同社は「免震住宅」で業績を伸ばしてきた。戸建免震住宅は全国に累計で約4650戸あると推測されているが、そのうち一条が約4000戸、シェア86%と断トツの実績を誇る。

 一条の免震住宅は地震には強い。しかし、木造なので津波には耐えられない。同社が300億円を寄付するのは、創業の地である浜松市を津波から守る目的だけではなく、「浜松市に建設した免震住宅を、津波から守ろうとする、使命感によるもの」とする声もある。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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