リアナビ

スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2011年5月31日

第32回東京湾の津波

 東京都には、「洪水ハザードマップ」だけではなく、建物の倒壊・地震火災・避難の3項目をチェックして総合的な危険度を判定した「危険な街マップ」がある。また、ひったくり・侵入犯・粗暴犯などを調べた「犯罪発生マップ」もある。そんな中で、少し不思議なのが「東京湾・津波ハザードマップ」がないことだ。

 私は岩手県宮古市で小学校4年生までを過ごした。宮古湾はリアス式海岸で、湾の入り口が広い一方で、奥になると狭まっていくので、津波が来ると波が大きく盛り上がってすこぶる危険だ。このため、学校でも家庭でも、「地震が来たら、津波を避けるために、すぐ山に逃げなさい」と教わった。

 いわば「津波反射神経」が身についた私にとって、東京湾の中につくられた埋立地が津波に耐えられるかどうかかなり心配だ。「洪水ハザードマップ」の次には、「東京湾・津波ハザードマップ」をつくって、ぜひ安全性と危険性を検証してほしい・・・。

 これは、筆者が2007年10月31日に、日経BP社Safety Japanに寄稿した、「荒川氾濫、新橋・銀座・丸の内が浸水する」と題するコラムの一節だ。

 それから、3年半。マグニチュード9という東日本大震災による「想定外」の大津波で、故郷の岩手県が甚大な被害を受けてしまった。東京湾でも、もはや、津波を「想定外」として無視することは許されない。

 津波により建物はどのような被害を受けるのか。従来は、首藤伸夫東北大学名誉教授が1992年に作成した、表1「津波高と被害程度」が一種のスタンダードになっていた。そして、想定東海地震をはじめ、政府の中央防災会議による津波被害の想定は、この表に基づいて行われてきた。

 今回の大津波による「津波高と被害程度」を表2に示す。簡単に言えば、「木造家屋は予想通り津波に弱く」、「鉄筋コンクリート(RC)造は予想以上に津波に強く」、「木造の強さを1、RC造の強さを10とすると、鉄骨(S)造は2?4程度」という結果である。

 各構造ごとに、もう少し詳しく説明する。まず、「木造」。従来、津波の浸水高が2mを超えると、木造家屋は全壊することが知られていた。今回も、おおむね、その予想通りの被害を受けた。

 次に、「S造」。これは、倒壊を免れたとしても、外壁が破壊されたり、構造材がわん曲しているケースが多い。また、根こそぎ破壊された建物も少なくない。津波後に関しては、外壁が流された程度で、構造体が健全であれば修復は可能である。しかし、構造材が大きく傷ついていれば、工費の面で、修復するより新築した方が有利になる場合もある。

 最後に、「RC造」。ほとんどの被災地において、RC造建物は津波によく耐えた。また、開口部(入口、窓)が破壊された例は多いが、構造体の被害は少ない。ただし、RC造建物が津波により転倒、あるいは倒壊したケースも報告されている。ひとつは、地震により基礎が破壊されていたり、液状化により基礎が露出して津波に洗われた場合。もうひとつは、開口部が少なかったため、浮力が働いた場合などだ。

 津波避難ビルをつくる場合には、この事実を頭に入れる必要がある。

 参考資料

 表1「中央防災会議・東海地震対策専門調査会資料」から抽出

 表2「建築学会・東日本大震災緊急調査報告会資料」などを参考に筆者が作成

 3 「日経BP社、荒川氾濫、新橋・銀座・丸の内が浸水する」

 http://www.nikkeibp.co.jp/sj/2/column/ba/29/index.html

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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