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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2012年9月11日

第79回建基法の枠を超えた「レベル3の耐震設計」

 建築基準法が定めた「レベル1、レベル2の耐震設計」では、もはや建物と都市を守ることができない。よって、建基法の枠を超えた、「レベル3の耐震設計」が必要になってきている──。日本建築学会構造委員会が、2012年夏に開催したシンポジウム、「増大する地震動レベルと今後の耐震設計」では、このような見解が示された。

 建基法の枠内では、図に示すような、レベル1とレベル2の2段階設計が行われる。まず、レベル1では、「震度5強から震度6弱」程度の中震動を対象に、構造体の被害を軽微に止めるための、予備的な構造計算を実施する。

 次に、レベル2では、「震度6強から弱い震度7」程度の強震動を対象に、建物の倒壊によって圧死者を出さないことを目的に、本格的な構造計算を実施する。合わせて、高さが60mを超える超高層建物を対象に、長周期地震動に耐えることを確認する。

 しかし、南海トラフ巨大地震、首都直下地震、大阪の上町断層地震などでは、地震動レベルが一気に増大する。このため、現行の建基法の枠を超えて、レベル3の耐震設計を実施する必要がある。

 レベル3設計で対応しなければならないのは、震度6強から震度7のキラーパルス型・強震動と、継続時間10分以上で震幅20カイン以上の時間差連動型・長周期地震動になる。

 このうち、キラーパルスとは、普通の建物に大きな被害をもたらす、周期1から2秒の破壊的強震動をいう。阪神・淡路大震災では、神戸港第8突堤において、SI値(スペクトル強度)が191カインという凄まじい数字を記録した。これはレベル3である。

 しかし、東日本大震災では、キラーパルスは震度7の築館や震度6強の仙台でさえ、阪神・淡路大震災の4から5割に止まった。よって、レベル2である。

 また、大阪の上町断層で地震が発生すれば、そのキラーパルスは、「告示波(建基法が定める強震動)の1.2から1.8倍、あるいはそれを上回る強さになる」(JSCA関西支部)とされる。すなわち、レベル3の凄まじいキラーパルスなのである。なお、JSCAとは、第一線で活躍する構造設計者の組織である、日本建築構造技術者協会の略称。

 一方、長周期地震動に関しては、2012年5月、東京大学地震研究所の古村孝志教授と前田拓人助教が、「東北地方太平洋沖地震を踏まえた、南海トラフ地震の時間差連動による長周期地震動の再評価」と題する衝撃的な論文を発表した。

 これは、南海トラフにおいて、M8.7の東海・東南海・南海の3つの地震が数分の時間差で連動発生した場合には、大阪や名古屋では、速度震幅40カイン程度、継続時間30分間程度になり、東京では速度震幅がその6割程度という予想だった。

 地震動の速度震幅とは、おおむね、「地震動の破壊エネルギー」に相当する。よって、建物が耐えなければならない長周期地震動のエネルギーは、「速度震幅×継続時間」と仮定できる。

 南海トラフで3連動地震が発生した場合、東京、名古屋、大阪の建物が耐えなければならない長周期地震動のエネルギーは、国土交通省が2010年12月に公表した「長周期地震動への対策試案」の何倍になるのだろうか。

  

 東京──国交省対策試案の3.6倍

 名古屋──国交省対策試案の6倍

 大阪──国交省対策試案の4倍

 これは、誰もが青ざめて、絶句しまうほどの数値である。

 南海トラフ巨大地震により、高知県の津波高は最大34m、静岡県の浜岡原発では21mなどと予想され、各地で新たな津波対策が行われている。それと同様に、古村教授の論文は、超高層建物と免震建物に関して、根本的な安全対策を迫っているのである。

 【参考資料】

 日本建築学会構造委員会振動運営委員会地震荷重小委員会編「シンポジウム─増大する地震動レベルと今後の耐震設計(3.11を踏まえた意識調査を基に)─2012年7月31日」

 国土交通省「長周期地震動への対策試案」

 http://www.mlit.go.jp/report/press/house05_hh_000218.html

 「東北地方太平洋沖地震を踏まえた、南海トラフ地震の時間差連動による長周期地震動の再評価」(古村孝志、前田拓人)─「日本地球惑星科学連合 2012年度連合大会(SSS37-16)」

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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