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「斜め45度」の視点

2019年1月22日

第307回 マンション各社を困惑させる「KYB・検査データ改ざん事件」の後始末

 油圧機器メーカーのKYBによる、「免震・制震装置の検査データ改ざん」事件が、マンション各社を困惑させている。

 事件が発覚したのは昨2018年10月16日だった。国土交通省が、油圧機器メーカーのKYBグループが製造した「免震・制震オイルダンパー」は、「国土交通大臣認定に適合していない」と公表したのである。

 一 KYBグループ(KYBおよびカヤバシステムマシナリー)は免震・制震装置の検査データを改ざんしていた。

 二 検査データが改ざんされた装置は、国交大臣認定に不適合(建築基準法違反)と判断される。

 三 よって、検査データが改ざんされた装置は、速やかに交換工事をする必要がある。

 検査データの改ざんは15年以上にわたり、装置が使われている建物は全国で986件に達する。そのうち住宅274件の中には多数の分譲マンションが含まれると思われるが、名前は公表されていない。

■■■不適合「免震オイルダンパー」の危険性

 KYBグループの不適合「免震オイルダンパー」を使用していると、建築構造的にどんな問題が発生するのかを説明したい。なお住宅274件のうち、253件がこのタイプである。

(図は国交省のプレスリリースから引用)

 図の免震装置には問題の「免震オイルダンパー」が使用されている。そしてダンパーが硬すぎると、設計時の想定値よりも「建物に地震が伝わりやすくなる」ため、建物が大きく揺れて危険である。

 一方、ダンパーが柔らかすぎると、設計時の想定値よりも「免震層が大きく揺れてしまう」ため、建物が擁壁に接触する恐れがあって危険である。

■■■不適合「制震オイルダンパー」の危険性

 次に、KYBグループの不適合「制震オイルダンパー」を使用していると、建築構造的にどんな問題になるのかを説明する。なお住宅274件のうち、12件がこのタイプである。

 図の制震装置には問題の「制震オイルダンパー」が使用されている。そしてダンパーが設計時の想定値よりも柔らかいと、「建物が大きく揺れて」危険である。

 一方、そのダンパーが設計時の想定値よりも硬すぎると、「取り付け部分などが損傷するおそれがある」ため危険である。

■■■KYBグループに対する指示書

 国交省は2018年10月16日付で、KYBグループに対し、指示書を交付した。


 「建築物の安全性確保のために、貴社が全責任を持って、オイルダンパーの交換その他必要な対策を、最後の1棟、1本まで速やかに遂行するという姿勢に基づき、以下の対応を求める」。

 一 所有者等関係者に対して、交換方法、体制、スケジュールなど是正の具体的な方針を示すこと。

 二 所有者等と調整の上、可及的速やかに交換工事を進めること。

 三 東洋ゴム工業による免震材料の不正事案に係る建築物については、東洋ゴム工業等の関係者と連携を図り丁寧に対応すること。 

 国交省の指示書の「三」に、なぜ、いきなり東洋ゴム工業の名前が出てくるのかお分かりだろうか。

■■■「東洋ゴム工業による免震材料の性能偽装事件」の後始末

 2015年3月に、「東洋ゴム工業による免震材料の性能偽装事件」が発覚した。

 同社の免震材料(高減衰ゴム系積層ゴム支承)を採用した建物のうち、145棟に国土交通大臣認定への不適合と判断される建築基準法に違反する材料が使用されていて、そのうち74棟が共同住宅だった事件である。

(図は東洋ゴム工業のプレスリリースから引用)

 その交換工事は、事件発覚から3年6ヵ月が経過した2018年9月末時点で、次のような状態になっている。

 着工───115棟(約79%)
      工事完了─98棟
      工事中─17棟

 未着工──30棟(約21%)

 交換工事が完了して、関係者がほっと安心していたのは98棟である。しかしながら、検査データが改ざんされたKYBグループの「免震・制震オイルダンパー」を使用していた場合には、再び交換工事をやり直さなければならない。まことにお気の毒である。

■■■マンション各社の憂鬱な気分

 「KYB・検査データ改ざん事件」に遭遇したマンション各社は今、次のような立場に立たされている。

 A「建物が完成して、すでに入居済み」。このタイプのマンションでは、免震装置や制震装置の交換工事に関して、マンション各社としても何らかのサポートをしなければならない。

 B「建物を施工中で、すでに販売活動を開始している」。このタイプのマンションでは、早急に販売活動を中止しなければならない。

 C「建物の設計を終了していた」。このタイプのマンションでは、再設計あるいは建設延期などの処置が必要になる。

 このうち、被害が最も深刻なのはA「すでに入居済み」のタイプである。検査データが改ざんされていたマンションでは、不具合な免震装置や制震装置の交換工事をする必要がある。

 しかし免震装置は建物の地下、あるいは地上1階か2階の上部に取り付けられるケースが多いため、工事の最中には、1階のエントランス付近が混雑状態になると思われる。

 また制震装置は「各階の骨組みの中」に組み込まれるケースが多いので、場合によっては各階の壁を解体する必要がある。そのため、一時的な退去が必要になるかもしれない。

 交換工事の完了までには、東洋ゴム工業による「免震材料の性能偽装事件」を参考にするならば、これから数年間くらいかかると思われる。マンション各社の憂鬱な気分は当分、晴れそうもない。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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