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「斜め45度」の視点

2017年1月24日

第236回『老いる家 崩れる街』の著者が描く超高層マンションの悲哀

 去年の暮れに出版された専門書、『老いる家 崩れる街──住宅過剰社会の末路』(講談社現代新書) を読んだろうか。著者の野澤千絵氏は東洋大学理工学部建築学科教授で、都市計画を専門としている。 

 講談社現代新書の中では「ベストセラー1位」、Amazon売れ筋ランキングの中でも「数十位」に入っていたので、よく読まれたと思われる。

 その一因は、『週刊現代』2016年12月24日号で大きく特集されたためだ。「老いる家、傾くマンション、崩れる街。残された時間は9年足らず。そこかしこで住宅大崩壊が始まっている」。インパクトのあるキャッチコピーである。

 『老いる家 崩れる街』はこんな書き出しで始まっている。

 ──私たちは、「人口減少社会」なのに「住宅過剰社会」という不思議な国に住んでいます。多くつくられ過ぎた分譲マンションは、入居者が減ってしまうと、管理が杜撰になってゆき、スラム化などの治安の悪化を呼びかねません。戸建ての空き家もまた害虫などが住みつき、周りの住環境を悪化させてしまうでしょう。最近、自分の「まち」が住みにくいと感じることはないでしょうか?住みにくいと感じるとしたら、それは実は、住宅過剰社会が生み出しているのかもしれません。

 全体は4章で構成されている。

 第1章 人口減少社会でも止まらぬ住宅の建築 

 第2章 「老いる」住宅と住環境

 第3章 住宅の立地を誘導できない都市計画・住宅政策

 第4章 住宅過剰社会から脱却するための7つの方策

 この本の読者は大きく不動産関係者、マンションや戸建て住宅に関心のある一般市民、都市計画の担当者という3つのグループに分かれる。

 このうち不動産関係者は、「つくり続けられる超高層マンションの悲哀」、「賃貸アパートのつくりすぎで空き部屋急増のまち」という個所を読んで、「経済の原理にしたがってつくられているのだから、"超高層マンションの悲哀"とか "賃貸アパートのつくりすぎ"という表現はキツイ」と反発するかもしれない。

 一方、都市計画の担当者は、「住宅の立地を誘導できない都市計画・住宅政策」という個所を読んで、「確かに"都市計画"や"住宅政策"には欠陥が多すぎる」とため息をつくのではないだろうか。

 それでは住宅に関心のある一般市民はどうか。第1章1節「つくり続けられる超高層マンションの悲哀」に強い影響を受けると思われる。

 ──東京の湾岸エリア、特に東京五輪の選手村周辺は、超高層マンションが林立する街へと急激に変貌しつつあります。超高層マンションの人気が高いのは、眺望が良い、ステイタス感が高いといった点だけではなく、「サービスが充実していてホテルライクな暮らしができる」「駅に直結している」「職場に近い」「マンション内にスーパーやクリニックが入っている」というように、居住環境としての利便性があると考えられているからです。

 超高層マンションは購入者側にもデベロッパー側にも人気があるために、売れるから建てられるという状況が続いています。しかしマンション専門家からは、火災・災害時のリスク、多種多様な居住者間の合意形成、高額な維持管理費、大規模修繕や将来の老朽化対策など、一般的な分譲マンションに比べて、超高層マンションであるがゆえに深刻化する様々な問題点について警鐘が鳴らされています。こうした様々な困難に直面することで、超高層マンションは将来、不良ストック化するリスクがあるとも考えられています。

 火災・災害時のリスクについては、火災時の消火活動の困難さや、中高層階の高齢者等が避難階段で非難できない、長周期の地震動で建物が大きく揺れることで家具が凶器と化すなど、さまざまな点が指摘されています。

 東日本大震災後、超高層マンションだけではありませんが、首都圏のマンションでは停電の影響でエレベーターが停まる、ポンプが停止して水道やトイレが使えない、エントランスの自動ドアが開かないといった問題が生じました。

 要するに、非常時、自らが階段で昇り降りできない場合には、高層階で身動きが取れず孤立したり、自宅に戻りたくても戻れなくなるという、いわゆる「高層難民」になるリスクが常につきまとうわけです──。

 このように、超高層マンションに関する悲哀がいろいろ並んでいるが、次の一文が強く印象に残った。

 「これらの将来リスクを認識しているからだと思いますが、私の周りにいる建設や都市計画の仕事をしていて、購入可能な年収層と思われる知人で、実際に超高層マンションを購入した人はほとんどいません」。

 著者の野澤氏は大阪大学、東京大学、東洋大学で建築と都市計画を研究してきた。その周りにいる知人の人達は、大学、役所、建設会社、設計事務所、不動産会社などで働くケースが多いと考えられるが、彼らは超高層マンションを選択しないと指摘しているのである。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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