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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2012年9月4日

第78回超高層ビルの災害リスク

 日本に超高層ビルが誕生して約40年。国内にある高さ60メートル以上の超高層ビルは2500棟を超える。建築の高層化・複合化による都市空間の高度利用が超高層ビルの利点の1つだったが、東日本大震災は、そうした超高層ビルの災害リスクを露呈した。

 建築専門誌『日経アーキテクチュア』は最近、「超高層ビル再生時代」と題する特集を組んだ。掲載されている記事は4本。超高層ビルの弱点克服に焦点を合わせた構成になっている。

 (1) 「当面の対策」は制振補強

   知事主導で動き出す大阪府咲洲庁舎の地震対策

 (2) 改修でBCP対応力を強化

   長周期地震動対策や電源多元化で巨大地震に備える

 (3) 加速する「安全」競争

   深化する防災対策、先端技術をアピール

 (4) 超高層ストック対策を急げ

   災害リスク低減へ迫られる改修か建て替えの選択

 4本の記事のうち、3本がストック対策であることが、問題解決の難しさを物語っている。

 そのうち、最大の話題になっているのが、東日本大震災で最も揺れた超高層ビルとされる、「大阪府咲洲庁舎」の長周期地震動対策工事である。同庁舎は高さ256メートル、地下3階、地上55階。

 3月11日の記録によると、建物は約10分間揺れ続け、最上階では短辺方向137センチメートル、長辺方向86センチメートルの最大変位が観測された。構造躯体の損傷はなかったものの、内装材や防火戸に損傷が発生し、その範囲は360カ所に上った。

 長周期地震動対策の実施設計は日建設計が、施工は大林組が担当する。外周部とコア周りに約300台の制震ダンパーを設置する方針で、庁舎を使用しながらダンパーの設置を行う。剛性・耐力を向上させる鋼材ダンパーと、減衰性能を向上させるオイルダンパーを併用した設計で、9億円のコストがかけられる。

 その補強方法を検討するため、「咲洲庁舎の安全性と防災拠点のあり方等に関する専門家会議」が、2011年6月から8月まで4回開催された。

 専門家会議では、実は、次のような指摘があった。

 「南海トラフでの巨大地震の発生を考えた場合、マグニチュードの大きさより、6.5秒周期の長周期地震動の成分がどれだけ含まれるかで地震応答が大きく変わる」

 「東北の震源域からの距離が南海トラフの1/5であることから、単純に考えると、揺れは5倍程度増幅されるとしても良いと思う。ただし、すべて倍・半分の話であり、10倍の増幅もあり得る」

 「制震補強後の変形角1/70は通常の超高層ビルの設計クライテリア(1/100)を大きく上回る」とする指摘があった。

 要するに、「今回の補強工事では十分でない」、と判断する専門家が存在した。よって、南海トラフ巨大地震による長周期地震動の影響に関する研究が進めば、今回の補強工事に続いて、第2次補強工事が必要になる可能性も否定できないのだから、事態は深刻である。

 【参考資料】

 大阪府「咲洲庁舎の安全性と防災拠点のあり方等に関する専門家会議」

 http://www.pref.osaka.jp/otemaemachi/saseibi/senmonkakaigi.html

 日経アーキテクチュア(2012年7月10日号)「超高層ビル再生時代」

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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