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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2017年12月19日

第269回「ニワトリとタマゴの関係」で第1期販売予定時期がどんどん後ろ倒しに

 2017年を振り返って、強く印象に残ったのは、分譲マンションの販売計画が、どんどん後ろ倒しになっていく現象だった。

 具体的に説明しよう。『SUUMO』、『LIFULL HOME'S』、『YAHOO!不動産』などの不動産情報サイトをのぞくと、その「販売概要欄」にはおおむね次のように書いてある。

 販売予定時期だけは「11月下旬販売予定」と数字が入っているが、販売戸数と予定販売価格は「未定」と数字が入っていない。そして1ヵ月過ぎると、表示は少しだけ変わる。

 両者をジーッと見比べると、販売予定時期が1ヵ月後ろ倒しになっているだけで、販売戸数と予定販売価格は相変わらず「未定」のままである。

 数カ月過ぎても、半年過ぎても、場合によっては1年過ぎても、販売予定時期が1ヵ月後ろ倒しなるのに、販売戸数と予定販売価格は「未定」のままというマンションも少なくない。なぜ、こういうことになるのだろう。

 分譲マンションの販売価格はかつて、原価(土地代、建築費、諸経費、プロジェクト利益)で決まっていた。しかし、不動産バブルが崩壊した1990年代前半頃から、販売価格は原価で決まるのではなく、購入予定者が実際に受け入れられる実勢価格で決まるようになってきた。

 つまり、デベロッパーが販売価格を決めるためには、購入予定者のフトコロ事情を調べなければならないのである。

 そのための手法としては、(1)デベロッパー各社が組織する「友の会」入会者へのアンケート、(2)当該マンションの資料請求者へのアンケート、(3)モデルルーム来場者へのヒアリングなどがある。そして、最近は特に(3)の重要性が増している。

 すると、どうなるのか。モデルルームを訪れる購入予定者の側には、「マンションの価格がまだ決まっていないにしても、販売担当者に話を聞けば、大体の感じを教えてくれるのではないか」という期待感がある。

 一方、販売担当者の側は、「モデルルーム来場者に、大体の予算や住宅ローンを組むことができる範囲を綿密にヒアリングして、最大限の利益を確保できる価格を決めなければならない」という使命を抱えている。

  そういう両者がモデルルームで対面したとしよう。

  購入予定者「マンションの大体の価格を教えてくれませんか?」

  販売担当者「支出可能な金額を教えいただけませんか?」

  この状態は「ニワトリとタマゴの関係」に例えられる。

 特に、モデルルーム来場者の側には、「モデルルームを訪れたのはいいけれど、肝心の価格に関しては検討中ですといって余り教えてもらえない。その一方では、予算や住宅ローンを組むことができる限界を細かくヒアリングされるだけ。これではなぁ・・・」という気持ちになる人が多いようだ。

 このように、どうしても時間がかかるのである。

 そして、第1期の販売価格が決定して、実際に販売が始まったとしても、売れ行きが順調とは限らない。それゆえに、第2期販売、第3期販売などに際しても、またまた価格を決めるために時間がかかるのである。

 さて、不動産を広告する場合には、「不動産の表示に関する公正競争規約」を守らなければならない。その規約に基づいて、全国9カ所に「首都圏不動産公正取引協議会」を初めとする組織が作られた。

 その首都圏公取協のウェブサイトに、最近デベロッパー各社が分譲マンションの販売に採用している、上記の手法を批判するかのような表現が見受けられる(図は首都圏公取協ウェブサイトのトップページ)。

 「トップページ」→「相談&違反事例」→「不動産広告の相談事例(表示規約)」→「予告広告・シリーズ広告」とたどると、以下のQ&Aが掲載されている(そのうち回答は筆者が要約)。

 「Q.予告広告で表示した販売戸数を本広告で減らすことはできますか?」

 「A.最近の傾向として、予告広告を、消費者の反響をみてから価格や賃料、販売戸数等を調整するという手法として捉えているフシが見受けられます」

 「A.しかし本来、予告広告は、消費者に対し価格や賃料もしくは販売戸数等以外の事項(交通の利便、規模、形質、環境等)をあらかじめ告知。消費者に物件選択の時間的余裕を与え、事前に検討、理解をしてもらうという趣旨で規定されたものです」

 これは、予告広告を見て資料を請求した消費者へのアンケート、およびモデルルームを訪れた消費者へのヒアリングによって、価格を決定する方法を暗に戒めているQ&Aと受け取ることができる。

 上記の「予告広告・シリーズ広告」コーナーには、つぎのようなQ&Aもある(回答は筆者が要約)。

 「Q.本広告前に販売センターで『価格発表会』を開催する旨を表示した予告広告を行うことはできますか?」

 「A.結論からいいますと、お尋ねのような広告は行うことができません。お尋ねの趣旨は、消費者にとって最も重要な情報の一つである価格を示さないまま消費者の期待感をあおって販売センター等への来場をうながすための『じらし広告』をしてもよいかということと同じです」

 「A.予告広告に名を借りた『じらし広告』は、 必要な表示事項の規定の特例を定めた予告広告には該当せず、表示規約第8条(必要な表示事項)の規定に違反することになります」

 これもまた、および予告広告を見てモデルルームを訪れた消費者へのヒアリングによって、価格を決定する方法を暗に戒めているQ&Aと受け取ることができるのではないか・・・。

 今年はこれが最後になります。どうか良いお年をお迎えください。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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