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「斜め45度」の視点

2018年6月5日

第285回『週刊現代』の記事──「高級マンション、投げ売りから暴落へ」を詳しく分析

 『週刊現代』5月26日号に、「高級マンション、投げ売りから暴落へ」と題する記事が掲載された。記事は次のようなリード(前文)で始まる。

 「都心の高級物件は即完売。転売されてもすぐに買い手がつく。それが常識だった。だが、潮目が変わった。億ションが売れ残っている。そうなると、価格を下げるしかない。不動産崩壊の序曲が聞こえる」──。

(表紙の左下に、記事のタイトルが見える)

 本当にこんな「投げ売り現象」が発生しているのだろうか。念のために、不動産経済研究所がまとめた「首都圏マンション市場動向」を確認しておこう。

 【東京23区の供給戸数、平均価格、契約率】
 2015年度(2015年4月〜2016年3月)
  1万7434戸、6842万円、73%

 2016年度(2016年4月〜2017年3月)
  1万4931戸、6762万円、68.5%

 2017年度(2017年4月〜2018年3月)
  1万6393戸、7008万円、68.8%

 不動産経済研究所のデータを見る限りでは、2015年度(1万7434戸、6842万円、73%)に比べて、2016年度(1万4931戸、6762万円、68.5%)はかなり落ち込んだ。供給戸数は2503戸減、価格は80万円減、契約率は4.5%減である。

 しかし2017年度(1万6393戸、7008万円、68.8%)は、2015年度と比較して供給戸数は1041戸減、契約率は4.2%減と回復傾向を示し、平均価格は166万円高と勢いを取り戻している。

 つまり『週刊現代』が主張するような、「高級マンション、投げ売りから暴落へ」という現象を観察することはできない。

 それでは同誌は、何を根拠にしたのだろうか。記事を詳しく読み込んでいくと、その根拠は同誌が独自に作成した「投げ売りマンション実名リスト」であるようだ。

 実名リストは、次のようにして作成された。

(1)分譲マンションには、建物が完成した後に、「新築未入居住戸」として売りに出される住戸がある。その未入居住戸のうち、販売価格が1億円超の住戸に注目する。

(2)2017年1月から2018年2月までの期間に、東京都心(千代田区、文京区、新宿区、渋谷区、港区、品川区、中央区、江東区)に完成した高級分譲マンションを対象にして、上記(1)に該当する住戸を拾い出した。

(3)その結果、25のマンションに、25の住戸を確認した。

 『週刊現代』の「投げ売りマンション実名リスト」には、マンション名と住所、新築未入居住戸の販売価格、分譲時の価格、該当する住戸の専有面積と間取りタイプ、マンションの築年月と階数、該当住戸の階数が記されている。

 そのうちマンション名、新築未入居住戸の販売価格、分譲時の価格だけを引用した(下の表)。



 これは「投げ売りマンション実名リスト(1)」である。このリストをじっと眺めていると奇妙な事実に気がつく。

 1番から13番のうち、「10 プレミスト白金台」を除いた12件で、新築未入居住戸の販売価格が、分譲時の価格を上回っているのである。

 これでなぜ、「高級マンション、投げ売りから暴落へ」というタイトルになるのだろうか?

 また、新築未入居住戸の販売価格が分譲時の価格を下回っている「10 プレミスト白金台」にしても、新築未入居住戸の販売価格が2億2700万円(赤字の個所)なのに、分譲時の価格は2億3480万円なので、780万円(分譲時価格の3.3%)下回っているに過ぎない。

 これでなぜ、「高級マンション、投げ売りから暴落へ」というタイトルになるのだろうか??

 続いて「投げ売りマンション実名リスト(2)」である。

 14番から25番のうち、「16 プラウド日本橋人形町ディアージュ」「22 シティタワー目黒」を除いた10件が、新築未入居住戸の販売価格が、分譲時の価格を上回っている。

 これでなぜ、「高級マンション、投げ売りから暴落へ」というタイトルになるのだろうか???

 また「16 プラウド日本橋人形町ディアージュ」にしても、新築未入居住戸の販売価格が分譲時の価格を1378万円(分譲時価格の6.6%)下回っているに過ぎない。

 そして「22 シティタワー目黒」になると、新築未入居住戸の販売価格が分譲時の価格をわずかに180万円(分譲時価格の1.3%)下回っているだけである。

 これでなぜ、「高級マンション、投げ売りから暴落へ」というタイトルになるのだろうか???? 

 『週刊現代』5月26日号の記事はわずか5ページしかない。その5ページを何回も読み返して、やっと理解したのは、「同誌は金融コンサルティング会社、マリブジャパンの高橋克英代表による、次のようなコメントを手がかりにしてタイトルを付けたらしい」ということだった。

 「新築未入居住戸の売り出し価格を見ると、分譲時の価格と同等か、1〜2割高い程度です。この価格では、税金などのコストを考えれば儲けにならないか、損をする可能性があります」

 「というのも、購入後5年以内に売却すると、短期譲渡所得として売却益の約4割が税金として持って行かれる。さらに登記費用や仲介手数料もかかるため、短期転売狙いなら、本来、2割程度は上乗せしないと割が合わないはずなのです」

 ここで注意しておきたいのは、高橋克英代表のコメントを根拠にしたのなら、不動産経済研究所がまとめた「首都圏マンション市場動向」なども加味すると、記事のタイトルは次のようでなければ筋が通らない。

「高級マンション、市場は回復傾向だが、短期転売狙いは難しい」。

 しかしながら、『週刊現代』はこれをなぜか、「高級マンション、投げ売りから暴落へ」としたのである。

 さて、講談社は分譲マンションに関しては、週刊誌『週刊現代』に加えて、ウェブサイト『現代ビジネス』の中にある「住まい方研究所」という欄にも記事を掲載している。そして週刊誌『週刊現代』に掲載された記事は、「住まい方研究所」に転載される場合もある。

 <http://gendai.ismedia.jp/list/theme/sumaikata>

 念のために「住まい方研究所」をのぞいて見たら、2016年9月13日付で次のような記事が掲載されていた(『週刊現代』2016年9月17日号より)。

 都心でマンション「大暴落」、売れ残り続出…要注意エリアはここだ!

 『週刊現代』の編集部はどうも、マンション「大暴落」というテーマが好みらしい。

【追記】

 本コラムを書く前に、自問自答してみた。

 自問「高級マンション、市場は回復傾向だが、短期転売狙いは難しい──仮に、記事のタイトルがこんなに地味だとしたら、『週刊現代』を買う気になるだろうか?」

 自答「いや、買う気にはならない」

 自問「そもそも、『週刊現代』が過激なタイトルを付けるのは、同誌が得意とする手法ではないか?」

 自答「それは、その通りだ」

 自問「だとしたら、自分もジャーナリストとして、それに反応するべきではないか?」

 というような思考プロセスを経て、『週刊現代』の過激なタイトルをネタに、記事を書くことにした次第である。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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