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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2019年12月10日

第330回 国交省マンション政策室の「マンションを再生させる勉強会」

 国土交通省・住宅局・市街地建築課・マンション政策室は、2012年2月、「持続可能社会における既存共同住宅ストックの再生に向けた勉強会」(座長・村上周三東京大学名誉教授)を立ち上げた。

 「マンションが地震、台風、水害、都市火災などの災害に襲われると、構造的な被害を受けるのに加えて、電気やガスがストップし、上水や下水が使えなくなるため、生活レベルが急激にダウンしてしまう。そういう事態に備えて、マンションを再生させる方法を研究しておきたい」、というような趣旨だった。

 よって「マンションを再生させる勉強会」と呼ぶことにしよう。この勉強会は1回から5回まで開催。多数の有用な資料を公表した後に、活動を停止した。

 そして、2019年10月に日本列島を襲った、台風19号および台風21号が各地に大水害をもたらした後では、同勉強会が残した資料は一気にその価値を高めている。

 勉強会の資料を入手するためのURL
<https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk5_000017.html>


 なお、以下に掲載した図表は、すべて上記のURLから入手した。

 ■■■台風19号と武蔵小杉タワーマンションの浸水被害

 マンションの世界で、台風19号による大水害の象徴的な出来事になったのが、武蔵小杉駅近くに立つ「47階、643戸のタワーマンション」で発生した浸水被害である。

 台風号に伴う豪雨のため、街の東側を流れる多摩川が一気に増水。その影響で多摩川の濁流が排水管を逆流して、武蔵小杉駅周辺の低地に噴き出てしまった。

 その濁流がマンションの地下に流入した結果、地下の電気設備が浸水して停電し、エレベーターがストップ。さらに断水したため、トイレも利用できなくなった。

 重要なライフラインが機能しないのだから、住民の大半が1週間以上も苦しい状態に追い込まれてしまった。すなわち、持続可能な社会(サステナブル社会)から、持続可能でない社会(アンサステナブル社会)に転じたのである。

 ■■■「災害時の生活グレード表」

 国交省の勉強会が公表した資料の中で、最も強いインパクトがあったのが、次に示した「災害時の生活グレード表」である(元の表を筆者が一部、加工)。○は機能している、△は機能しているかどうか不明、×は機能していないことを意味。


 表の最上段にある「現状」とは、地震や水害に襲われた直後の状態を意味している。そして現状では、非常照明だけはかろうじて機能している。しかし、エレベーターは動かないし(×)、共用部のコンセントも機能しない(×)。

 その横にある、「グレード3(上級)」「グレード2(中級)」「グレード1(下級)」という3つの欄は、被災から少し時間が経過した後の状態を示している。

 ■■■各グレードの詳細

「グレード3(上級)」──共用部の照明とコンセントが全て利用可能で、エレベーターは2台が利用可能。また、専有部(各住戸)では廊下および1つの部屋の照明が点灯する(△)のに加えて、コンセントも1カ所だけ利用可能(△)。なお水道、トイレ、ガスは利用可能(○)。

 したがって、自分の住戸で、通常時に近い生活を続けていくことが可能。

「グレード2(中級)」──共用部の照明とコンセントはほぼ大丈夫だが、エレベーターは1台だけが利用可能。また、各住戸では上下水は利用可能(○)だが、その一方、電気もガスも利用できない(×)。

 したがって、マンションの中を何とか移動できるが、住戸の中ではかなり厳しい生活を強いられる。

「グレード1(下級)」──共用部の非常照明と一部のコンセントが利用可能(△)で、トイレも何とか利用できる(△)。ただし、エレベーターは1台だけが、「一定時間のみ利用可能」(×)。そのため、マンションの中を上下移動するのはかなり大変。

 さらに、各住戸では電気・ガスを利用できない(×)のに加えて、上下水道も利用できない(×)。したがって、住戸内での生活は不可能に近い。

 ■■■国交省の勉強会が示した「課題表」

 地震や水害に襲われたマンションで、生活持続(継続)のカギを握るのは、「電力、上水、下水、ガス」などの確保である。これについて、国交省の勉強会は次のような「課題表」を作成した。


 この表は、「電力、上水、下水、ガス」などライフラインの確保や、「エレベーター」の運行」確保のためには、多くの工夫と努力が必要なことを物語っている。

 ■■■共同住宅に法規で要求される非常電源の稼働時間

 次の表は「共同住宅(マンション)に法規で要求される非常電源の稼働時間」である。


 求められる稼働時間は、長い順に、「連結送水管」が120分、「非常用エレベーター」が60分、「スプリンクラーポンプ」「屋内消火栓ポンプ」「排煙設備」「非常コンセント」が各30分である。

 この表を見ると、「共同住宅(マンション)に法規で要求される非常電源の稼働時間」は、火災時の消化作業をスムースに行うことを主目的にした、消防法を根拠にしたものであることが分かる。

 ■■■「非常用発電機の供給先」と「稼働時間」

 次の図は「非常用発電機の供給先」および「非常用発電機の稼働時間」(東京都中央区)である。


 この図を見ると、共同住宅(マンション)には、外部からの電力の供給が途絶えた場合でもエレベーター等を稼働させるために非常用発電機が設置されているけれども、その稼働時間は「3時間以下、6時間以下、12時間以下」に分かれていることが分かる。

 すなわち地震、台風、水害、都市火災などの災害に遭遇した後に、非常用発電機でタワーマンションのエレベーターを12時間以上稼働させることは難しいのである。

 ■■■「共同住宅ストック再生のための技術の概要 (防災性) 」

 国交省の勉強会が公表した資料の中で、私自身にとって最も勉強になったのは、「共同住宅ストック再生のための技術の概要 (防災性) 」と題する資料である。

 よって、最後にその目次を紹介しておきたい。


同資料のURL
<https://www.mlit.go.jp/common/000227566.pdf>

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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