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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2020年1月28日

第338回 集中連載⑦ 2009年時点の「新築タワマン短所1〜5(前編)」

 物事には「長所」と「短所」が付き物です。前回の「2009年時点の新築タワマン3大長所」に続いて、「2009年時点の新築タワマン8大短所」に移ります。

 ただし、短所が8つもあるので、今回の連載⑦(前編)では「短所1〜5」、次回の連載⑧(後編)では「短所6〜8」と、分けて説明することにします。

 ◆連載⑦「(前編)短所1〜5」
  短所1「エレベーター利用に伴う行動の制約」
  短所2「室内に閉じこもることによる悪影響」
  短所3「ストレスがもたらす心理的、生理的な影響」
  短所4「高層かつ高密度の住環境に伴う事故と犯罪」
  短所5「災害時に高層難民になる可能性」

 ◆連載⑧「(後編)短所6〜8」
  短所6「入居時点の修繕積立金が少なすぎる問題」
  短所7「入居者間の経済格差が大きいため、管理組合がまとまりにくくなる問題」
  短所8「タワマン自体が、周辺の環境に及ぼす悪い影響」

【■■】短所1「エレベーター利用に伴う行動の制約」

 タワマンの販売広告では「最寄り駅から徒歩5分」などと記載されます。しかし、実際には、これに、マンションに入りエレベーターに乗って、住戸にたどり着くまでの「数分間」を加えなければなりません。

 エレベーターの速度は年代と機種によって様々ですが、2009年頃の製品では、高さ20階(約60メートル)だと分速60~120メートル、高さ40階(約120メートル)だと分速120~240メートル程度が一般的でした。これを分かりやすく表現すると、1階から最上階まで、ノンストップで動くと30~60秒程度で移動する計算になります。

 しかし、エレベーターが最寄りの階に待機しているとは限らないので、その待ち時間を加えなくてはなりません。また、通勤・通学時には一斉にエレベーターのボタンを押すため、エレベーターは各階停止状態になり、スピードは大幅にダウンします。

 したがって、20階から乗って、1階おきに10秒ずつ停止したとすると、1階まで3~4分かかることになります。

 朝のラッシュ時に不利になるのは低層階の人たちで、1回素通りされてしまうと、2~3分は待たなくてはなりません。人によって差はありますが、エレベーターを2分以上待つと「ずいぶん長いなぁー」と感じるといわれています。

【■■】短所2「室内に閉じこもることによる悪影響」

 タワマンの中層階~高層階で暮らしていると、エレベーターに乗るのが面倒なため、外出を抑える傾向が現れてきます。論文「高層居住に対する批判の論拠」(藤本佳子、日本建築学会近畿支部研究報告集、2007年)がまとめた、問題のパターンを要約しましょう。

「超高層住宅の子供のうち、高層階住む子供は、友達の数が極端に少なかった。また、高層階に住む母親は、遊び場への関心が低かった」

「高層階に住む子供は、低層階に住む子供に比べて、日常生活の自立が遅れる傾向が見られた」

 このような母親や子供への影響に加えて、高齢者に及ぼす影響も無視できません。

「戸建て住宅に住む高齢者に比べて、高層住宅に住む高齢者は、活動能力、生活満足度、心身の健康度などが劣っていた」

 戸建て住宅で暮らしている高齢者は、庭いじりのために気軽に屋外に出るし、新聞、郵便、宅急便を受け取るため玄関に出る機会も多くなります。

 しかし、タワマンには自分の庭はありません。また外出するには、住戸玄関から、エレベーターを経由して、マンション出入口までの「長いアプローチ空間」を通らなければなりません。

 結果として、高齢者は住居に引きこもりがちになり、戸外での生活や近隣との交流が抑制されて、孤立してしまいます。

 多くの研究者は、専業主婦、乳幼児、子供、リタイアした高齢者世代などに、エレベーターに頼らざるを得ないための「行動の制約」、すなわち、外出しにくさに伴うマイナスの影響が観察されると指摘しています。

【■■】短所3「ストレスがもたらす心理的、生理的な影響」

 タワマンの第3の短所は、ストレスの多い住環境がもたらす「心理的、生理的な影響」です。

 そもそも、高層住戸が「高所恐怖症の人」に不向きであることは、誰にとっても分かります。また、高層階は地震や強風で微妙に揺れるので、車に酔いやすい人には不向きです。

 地震で揺れやすい「スレンダーなタワマンの高層階」に入居して間もなく、震度4程度の地震で建物がゆらゆらと揺れたため、「気持ちが悪くなって、入居したのを激しく後悔した」という気の毒な人もいます。

 コンクリートで囲まれた高気密な室内には外気が入りにくいので、換気に気をつけないと、ダニやカビが発生しやすくなります。特にじゅうたん敷きの室内で猫や犬などのペットを飼うと、ダニやカビが増殖して、呼吸器や皮膚が敏感な人はアレルギー症状に悩むことになります。

 そして、無視できないのが騒音の問題です。たとえば、20階の住戸に住んでいれば、地上から60メートルくらい離れているのですが、それでも、窓を開けると近くを走る自動車や電車の「ゴォーッ」という騒音が聞こえることがあります。騒音は下から上がってくるのです。したがって、騒音に敏感な人は、換気したくても、窓を開けるに開けられない状態になります。

 騒音問題で特に要注意なのは、幹線道路や電車の沿線沿いのタワマンです。「タワマン暮らしはとても便利でおおむね満足していたけれど、唯一、窓を開けたときの騒音が気になっていた。どうするか悩み抜いた上で、長期間住むべきではないという結論にたどり着いた」として、入居から数年で退去した人もいます。

【■■】短所4「高層かつ高密度の住環境に伴う事故と犯罪」

 タワマンの第4の短所は、高層かつ高密度の住環境に伴う「事故と犯罪」です。「高層居住に対する批判の論拠」など、複数の論文から具体例を引用してみましょう。

「幼児の事故は、戸建て住宅よりも集合住宅で多く、居住階が上がると事故経験者が増える傾向があった」

「中高層集合住宅では、挟まれ、衝突、転倒事故が多く、3~4階以上に居住する児童に、多く発生する傾向があった」

「超高層の住棟を含む団地において、身体犯の発生率が高かった」

「高層住宅では、事故や犯罪に対する恐怖感、近隣への気がね等により、子供の行動を抑制する可能性がある。また、高層階ほど幼児の母親依存傾向が強かった」

 いかに、セキュリティのレベルが上がったとしても、どこかに「死角」があれば、痴漢などの事件を皆無にはできません。それは、2008年4月18日の夜に、東京都江東区潮見のマンションで、女性会社員が2つ隣の部屋に住む男性会社員に、殺害された事件などで明らかです。

 また、痛ましいことに、高層住戸の窓やバルコニーから、幼児が転落して死亡する事故が、毎年、少なからず発生しています。

 数階程度の住戸から、庭木の上などに落ちた場合には、身体が柔らかい幼児は助かる可能性があります。しかし、高層階になるにつれて、また落ちた場所がアスファルト敷きなどであれば、死亡する割合が高くなってしまいます。

 このように、幼児や女性が、事故や犯罪の犠牲者になりやすい事実を、見逃すわけにはいきません。

【■■】短所5「災害時に高層難民になる危険性」 

 タワマンの第5の短所は、「災害時に高層難民になる危険性」です。ことわざに、「地震、雷、火事、親父」といいますが、タワマンで心配しなければならないのは、「地震、雷、火事、台風」です。

 まず、地震です。「大地震に襲われても、超高層マンションが倒壊することはないだろう」、というのが耐震設計に詳しい構造技術者の共通認識です。

 しかし、それと同時に、海溝型の巨大地震などにより発生する「長周期地震動」や、「直下型地震動」に襲われた場合には、家具や什器などが移動し転倒することにより、大勢の死傷者が出る可能性が高いことも、構造技術者間の共通認識になっています。これを防ぐには、家具や什器を徹底して「固定する」必要があります。

 もうひとつの問題は、縦方向の移動手段となるエレベーターや、上下水道、電気、ガス、情報回線などのライフラインの損傷です。これが使えなくなると、超高層マンションでの生活は、すぐに困難になります。

「特集─超高層マンションと都市居住」(『マンション学』第20号、2004年12月、日本マンション学会)の中で、NPO法人・耐震総合安全機構の矢野克巳氏は、次のような調査データを紹介しています。

 ◆エレベーターなしで我慢できる日数
   1~5階 ──1~2週間
   6~20階 ──1日
   21階以上──数時間

 要するに、エレベーターがストップすると、6階以上ではマンション内での日常生活が困難になって、別の場所に避難を迫られる可能性が高いのです。これを、防災・危機管理ジャーナリストの渡辺実氏は、著書『高層難民(新潮新書、2007年)』を通じて「高層難民」と命名しました。

【■■】追記──内水氾濫による高層難民

 ここまでが、私が2009年の11月〜12月に、日経BP社のウェブサイト「SAFETY JAPAN」に寄稿した記事の要約です。

 それから約10年経った、2019年10月。武蔵小杉に立つタワマン「パークシティ武蔵小杉ステーションフォレストタワー(地下3階・地上47階、643戸、2008年竣工)」でも、「高層難民」が発生してしまいました。

 その原因は、台風19号に伴う豪雨によって、街の東側を流れる多摩川が一気に増水。その影響で多摩川を流れる水が排水管を逆流して、武蔵小杉駅周辺の低地に噴き出たためです。これを「内水氾濫」と呼ぶそうです。次のような順番ですね。

 地球温暖化→ 台風の大型化→ 河川が増水→ 内水氾濫→ 高層難民

 書籍『高層難民』が想定したのは、「大地震による高層難民」でした。しかし、武蔵小杉で発生したのは誰もが予想していなかった、「内水氾濫による高層難民」でした。以下、次回。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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