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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2016年6月14日

第214回熊本地震で被災したマンション復旧工事の手続き

 熊本地震では、「大規模な補強・補修が必要な中破マンション」が26棟、「タイル剥離、ひび割れなど補修が必要な小破マンション」が283棟に及んだ。補強・補修工事のために必要な法律的知識を、QA方式でまとめてみよう。

Q 補強・補修工事をするためには、どんな手続きが必要ですか。まず専有部分から教えてください。

A 専有部分に関しては、区分所有者の責任と費用て?修理するのか?原則て?す。

Q 共用部分はどうですか?

A 共用部分については、管理組合で決議してください。そのとき、損壊部分が建物の価格の2分の1以下の場合には、総会による普通決議で十分です。ただし損壊部分が2分の1を超えた場合には、特別決議が必要です。

Q 特別決議に賛成しなかったらどうなりますか?

A 賛成しなかった区分所有者には、区分所有権を賛成者に買い取らせることか?認められます。

Q 決議をするにあたり、区分所有部分が共有になっていたり、1人の区分所有者が複数の区分所有部分を有している場合には、区分所有者の人数はどのように数えるのですか?

A 区分所有者の数え方ですが、1戸の専有部分を数人で共有している場合は、この数人を1人と計算します。また、1人の区分所有者が複数の専有部分を所有している場合は、全部で1人と計算します。

 補強・補修工事をするためには、費用を調達しなければならない。「マンション管理支援ネットワークせんだい・みやぎ」が、東日本大震災が発生した2011年12月に、227管理組合の協力を得て、「工事費用の資金調達方法」をまとめたデータを上図に示した。

 資金の調達方法としては、1位が「修繕積立金」、2位が「地震保険金」、3位が「災害救助法による被災住宅の応急修理制度」の利用となっている。仮に、それでも資金が不足している場合、損害賠償してもらうことはできるのだろうか。

Q 補強・補修工事の費用を、設計者、施工者、販売者に支払ってもらうことはできますか。

A 設計者、施工者、販売者が建物に「欠陥(瑕疵)」があったと認めた場合に、共用部分の瑕疵については、管理者・管理組合・区分所有権者が修理を求めることができます。また専有部分の瑕疵については、その部分の区分所有者が修理を求めることができます。

Q 相手が「欠陥(瑕疵)」を認めなかったら、どうなりますか?

A 損害賠償を求めて訴訟することになります。この場合、2つのことが争点になります。第1は地震の規模が建築基準法の「想定外(不可抗力)」だったかどうかです。第2は建物に「欠陥(瑕疵)」があったかどうかです。

Q 過去に裁判になって、住民が勝訴したケースはありますか?

A はい、あります。阪神淡路大震災では、マンションが倒壊したため亡くなった住民の遺族が、マンション所有者を相手に損害賠償を求めて訴訟に持ち込みました。この訴訟では原告(遺族)が勝訴しました。その判決文を要約してみましょう──。

 「このマンションは設計上も壁厚や壁量が不十分であり、実際の施工においても、壁に配筋された鉄筋の量が十分でない。また壁と柱が十分緊結されていない。すなわち、建築当時を基準に考えても、建物が通常有すべき安全性を有していなかったものと推認できる。したがって、このマンションには瑕疵があったというべきである」

 「震災は現行の設計震度を上回る揺れの地震であった。よって、このマンションが仮に建築当時の基準を満たしていたとしても、阪神大震災により倒壊していたと推認することができる」

 「その一方で、建築当時に想定されていた程度の地震であったとしても、このマンションには瑕疵があったので、倒壊したと推認することができる」

 「このように、マンション自体の設置の瑕疵と想定外の揺れの震災とが競合して、その原因となっていると認めるのが相当である」

Q 結局のところ、どのような判決になったのですか?

A マンションが倒壊した原因は、建物に欠陥があったとして損害賠償を認めた上で、地震の揺れが想定外だったことも考慮して、損害賠償の額を割り引いたのです。

 今回の熊本地震も震度7が2回という想定外の地震だった(上表)。よって、阪神淡路大震災における判決が参考になると思われる。

 ただし阪神淡路大震災や東日本大震災では、被災したマンションを補強・補修しなければならないのに、管理組合の決議がまとまらないため、そのこと自体が裁判になった例もある。

 しかし、裁判がなかなか決着しなかったため、いつまで立っても補強・補修工事に取りかかれなくて、関係者が途方に暮れたケースもあった。その結果、「マンションの構造は木造住宅より強いけれど、いったん被災した場合には、対策に手間暇がかかってしまう。それがマンションの最大の弱点ではないか」という、自虐的なマンション観を抱く人も少なくないようだ。

 熊本地震の被災地では、こんな事態にならないことを祈りたい。

〔資料1〕朝日新聞デジタル「震災法廷──震災が関連する訴訟の事例 阪神・淡路の経験」

 http://judiciary.asahi.com/fukabori/2011040900003.html

〔資料2〕イデア綜合法律事務所「災害・地震の法的知識──住宅が被災した場合の問題」

http://saigaisien.idealaw.jp/news.html

〔資料3〕小笠原六川国際総合法律事務所「震災に関する法律問題Q&A」

https://www.ogaso.com/news_files/qanda.html

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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