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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2017年6月13日

第250回マンション内で認知症とどう付き合うのか

 日本マンション学会の2017年大会が、名古屋の椙山女学園大学で開催された。そのメインシンポジウムで取り上げられたのは、「マンションにおいて認知症とどう付き合うのか」という、高齢化社会を象徴するテーマだった。

 厚生労働省は2015年1月に、全国で認知症を患う人の数が2025年には700万人を超えるとの推計値を発表した。65歳以上の高齢者のうち、5人に1人が認知症に罹患する計算となる。

 日本マンション学会誌『マンション学第57号』から、関係者がこの問題にどう取り組もうとしているのかを紹介しよう。

 その中でも、特に田中昌樹・マンション管理業協会調査部次長の論文、「マンションで認知症(および孤独死・独居)にどう付き合うか──管理会社からみた現状と課題、その対応」の切実な指摘が身に染みる。

 ──当協会の産業政策委員会が委員会社16社を対象に、「マンション居住者の認知症に関する事例」の収集を行ったところ、意外なことに93もの事例が集まった。これは予想を超える結果であった。しかも、内容は多種多様であり、徘徊等のよく耳にするものから、かなり症状が進んで解決が難しい段階のものまでバリエーションに富んでいて、事態の深刻さが伝わる内容の事例も少なくなかった。

 認知症に付随した行動が、他のマンション居住者の日常生活に悪い影響を及ぼして、トラブルになることも多い。具体的な事例を列挙しよう。

 ・マンション内を徘徊して、他の部屋のドアを叩いたり、ドアチャイムを押して回ったりする。このような行動は日中でも、夜間でも起こっている。

 ・いわゆる「ごみ屋敷化」や、階上からの物の投棄などの問題も、認知症状が関係していると考えられるケースがある。

 ・管理費や修繕積立金の長期滞納が、実際には認知症状と関係している場合がある。

 ・本人から管理事務室や管理会社に、「鍋を盗まれた」「鍵を盗まれた」といった内容の電話を、何度も訴えてくるケースがある。

 ・新しい問題としては、マンション管理組合の役員が認知症になるといった、従来では想定されない問題も発生し始めている。

 田中昌樹氏はこう訴える。「本人が認知症である場合、コミュニケーション上の困難を伴うために、通常の対処方法(注意、勧告)が通用しないケースが多く、管理組合の理事会では対処が難しい。またマンション管理会社も現段階では、有効な手段を持ち合わせていないのが実情である」──。

 マンションが古くなるにつれて、住民の高齢化も進む((c)ashinari.)

 『マンション学第57号』には、認知症問題に関して以下の論文が掲載されている。

 (1)「メインシンポジウムの趣旨説明」(斉藤広子・横浜市立大学教授)

 (2)「団地・マンションにおける認知症──現状と対応は」(川上湛永・全国マンション管理組合連合会会長)

 (3)「マンションで認知症(および・独居)にどう付き合うか──管理会社からみた現状と課題、その対応」(田中昌樹・マンション管理業協会調査部次長)

 (4)「マンション管理における生活能力が低下した高齢者との対応──現実に想定される事例からの検討」(花井増實・弁護士) 

 (5)「マンションで認知症にどう付き合うか──現行法における課題」(神奈川大学教授・角田光隆)

 (6)「福祉的アプローチから見えてきたマンションにおける地域づくり」(坂井聖士・名古屋市千種区社会福祉協議会事務局長)

 (7)「シニア向け分譲マンションにおける法的課題」(矢田尚子・日本大学准教授)

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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