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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2019年7月2日

第320回 「最高裁第三小法廷」の憂鬱な判決──全544戸のうち、2戸の側が勝利

 「最高裁第三小法廷」は今春、全国各地の「分譲マンション管理組合」が嘆き悲しむような判決を下した。

 平成30年(受)第234号 損害賠償等請求事件
 平成31年3月5日 第三小法廷判決
 http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/462/088462_hanrei.pdf


 話がかなり複雑なので、丁寧に説明していこう。

「マンションの電気代を安くするため、高圧一括受電方式を導入することにしたい」──。札幌市に立つ分譲マンションの管理組合の総会で、高圧一括受電に関する決議が成立したのは2015年のことだった。

 しかし、全544戸のうち2戸がこの決議に反対した。その結果、電力会社との契約が難航して、高圧一括受電の導入は進まなかった。そのため決議に賛成した住民1人が、反対した住民2人に対して、「契約が実現していれば安くなったはずの、電気料金の差額(計1万円)を賠償してほしい」として提訴した。

 裁判は一審(地裁)、二審(高裁)を経て、三審(最高裁)まで争われた。そして2019年3月5日、最高裁第三小法廷は、「決議は共用部分の変更や管理にしか認められず、専有部分には及ばない」として、賛成派住民の請求を退けたのである──。

  2戸÷544戸=約0.4%

 わずか2戸(約0.4%)が反対したために、残りの99.6%が「電気代を安くする」という目的を果たせなかったのである・・・。

 ■■■「高圧一括受電方式」の長所と短所

 「高圧一括受電方式」の長所と短所に関しては、「マンション管理ネット」の「高圧一括受電とは」が詳しい──。

 http://www.k-ban.net/setubi/ikkatu.html#toha

 分譲マンションでは当然のことながら、住戸の数が多くなればなるほど、マンション全体の電気使用量は増加する。

 このとき、マンション全体を1つの利用者と考え、一括して電気を購入する、「高圧一括受電方式」と呼ばれる方式がある。この方式だと、電気料金は従来の方式に比べて、専有部で5〜10%、共用部で20〜40%ほど安くなるとされる。

 ただし、「従来方式」から「高圧一括受電方式」に切り替える際には、1戸ずつ検針器、ブレーカーを交換しなければならない。そのため大型のマンションだと、かなりの手間暇がかかる。

 それに加えて、3年に1度のペースで、受電設備の点検作業が行われる。その際、1時間〜1時間半くらい停電になる。

 それゆえに、既存マンションに「高圧一括受電方式」を導入する場合には、特別決議(組合員総数・議決権総数の4分の3以上の賛成が必要)を成立させる必要がある。

 また、特別決議が成立した後に、全戸から「同意書」と「利用申込書」を集める必要がある。これは「同意書」と「利用申込書」がないと、電気会社が工事に着手できないからである。このように、既存マンションが「高圧一括受電方式」を導入するためには、かなり高いハードルがある──。

 しかしながら「最高裁第三小法廷」は、「平成30年(受)第234号 損害賠償等請求事件」において、2戸の声に軍配を上げることで、この「高いハードル」をさらに高くしてしまった。

 すなわち、誰か1人が反対しただけでも、「高圧一括受電方式」の導入は不可能になってしまったのである。

 ■■■読売新聞の充実した記事

 全国紙も「最高裁第三小法廷」がどのような判決を下すのか注視していた。

 ◇2019年3月2日15時─読売新聞オンラインの記事
  マンション決議 拒めるか 電気契約全戸で変更
  https://www.yomiuri.co.jp/national/20190302-OYT1T50144/

 ◇2019年3月5日19時40分─日本経済新聞電子版の記事
  マンション総会決議は無効 個別電気契約で最高裁
  https://www.nikkei.com/article/DGXMZO42065160V00C19A3000000/

 ◇2019年3月5日19時58分─朝日新聞デジタルの記事
  マンションの全戸電気解約「義務づけられない」 最高裁
  https://www.asahi.com/articles/ASM34465NM34UTIL01B.html

 このうち、最も充実していたのは、判決の2日前に掲載された読売新聞の記事だった──。

 同じマンションで暮らすみんなの電気代を安くしようと住民総会で決議したのに、一部の住民が従わないことは許されるのか・・・。こうした点が争われた民事裁判について、最高裁が5日に判決を言い渡す。集合住宅では多数派と、反対する少数派の住民の意見が対立して深刻なトラブルに発展するケースは相次いでおり、最高裁の判断が注目される。

 こうした紛争は電力供給にとどまらない。NPO法人「全国マンション管理組合連合会」(東京)には、「インターネット接続のマンション一括契約に同意が得られない」「一部住民の反対で給排水設備の更新が進まない」といった相談が寄せられるという。

 同連合会の川上湛永会長は「老朽化が進むマンションが増える中、住民全体の利益が広く認められなければ管理や修繕も進まない」と懸念する。


「全国マンション管理組合連合会」のウェブサイト
 http://www.zenkanren.org

 一方、市民団体「マンションコミュニティ研究会」の広田信子代表は「総会決議の拘束力が各戸に及びすぎると暮らしづらい。共有スペースと各戸を区別し、各戸に関することは基本的に強制するべきではない」と話している──。


「マンションコミュニティ研究会」のウェブサイト
 https://www.mckhug.com

 ■■■経済産業省「電力・ガス基本政策小委員会」の「議論」

 「最高裁第三小法廷」の判決から約3週間経った2019年3月27日。経済産業省の第16回「電力・ガス基本政策小委員会」が開催され、次のような資料が提出された。


 資料6「共同住宅等に対する電気の一括供給の在り方について」のURL
https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/denryoku_gas/denryoku_gas/pdf/016_06_00.pdf

 この資料6の冒頭(1ページ)のタイトルは「本日の議論」となっている。以下、それを、そっくりコピペした。

 ●共同住宅等に対する電気の一括供給については、電気の供給形態の一つとして、古くから存在してきた。

 ●一括受電により最終需要家に対して供給を行う事業者(一括受電事業者)は、電気事業法上、需要家と位置付けられているため、小売電気事業者と異なり、供給条件の説明義務や、苦情処理義務等が課せられておらず、報告徴収等の対象ともなっていないのが現状であるところ、近年、共同住宅等の居住者と、一部の電気の一括供給を行う事業者との間で、トラブルとなるような事例が出現してきている。

 ●共同住宅等に対する電気の一括供給については、電気事業法上、小売ライセンスの取得は不要とされているが、「電力の小売営業に関する指針」において、小売電気事業者と同等の需要家保護を行うことを「望ましい行為」として位置付けている。

 ●一括受電事業者において、同指針に基づき小売電気事業者と同等の需要家保護がなされているかどうかについて、実態を把握するため、昨年12月以降、資源エネルギー庁において調査を実施した。

 ●本日は、実態調査の結果及びその後のヒアリングを通じて得られた、一括受電事業者による需要家保護のための取組等についての状況を紹介するとともに、今後の共同住宅等に対する電気の一括供給の在り方について御議論いただく。

 この文章を何回か読み返したが、「最高裁第三小法廷」の判決を尊重しなければならない・・・、という趣旨の表現はどこにも見当たらなかった。「電力・ガス基本政策小委員会」の各委員もガックリきて、話題にしたくなかったのだと思う。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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