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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2018年5月15日

第283回ソニー不動産は2018年3月期の決算で「黒字」に転換できるか?

 日経BP社が出版した、増補改訂版『ソニーはなぜ不動産業を始めたのか?』と題する単行本を、少し前に読んだ。しかし、その内容が余りにも“空虚”なため、「ソニー不動産はなぜこんな本を出版したのだろう?」と疑問を抱いてしまった。

 単行本の第1版は2014年12月に発行された。それから約3年経った2017年11月に、増補改訂版(第2版)が発行された。下の写真に示すように、表紙に「増補改訂版」と明示してある。


 ソニー不動産が営業を開始したのは2014年8月だった。そして、『ソニーはなぜ不動産業を始めたのか?』の第1版が発行された2014年12月以降に、次のような出来事が続いた。

 (1)2015年7月──ソニー、ソニー不動産、ヤフーの3社が業務提携。

 (2)2015年11月──ヤフーとソニー不動産が共同で、不動産売買プラットフォーム「おうちダイレクト」の運営を開始。

 (3)2015年12月──不動産流通経営協会(FRK)が、ヤフー不動産に無料で提供してきた、数万件もの物件情報の提供を停止した。FRKは大手不動産業者約300社でつくる業界団体。

 (4)2016年2月──全国宅地建物取引業協会連合会(全宅連)は、同協会が運営する「ハトマークサイト」から、ヤフー不動産への物件情報の提供を止めた。全宅連には全国約80%の宅建業者が加盟している。

 (5)2017年11月──増補改訂版『ソニーはなぜ不動産業を始めたのか?』が発行。

 これを要約すると、第1版が発行された後に、ソニー不動産とヤフーが共同で「おうちダイレクト」を設立。そのため、FRKや全宅連などの主要な団体が「公平ではないとしてそっぽを向いてしまった」、ということである。

 さて、私が「増補改訂版」を2018年春に購入したのは、ソニー不動産の2018年2月15日付けのニュースリリースで、「増補改訂版の発行」を知ったためである。

 私はリリースを読んで、次のように予想した。

 「第1版」が発行(2014年12月)されてから、「増補改訂版」が発行(2017年11月)されるまでの約3年間に起こった、諸々の出来事の背景が詳しく説明されているに違いない──。

 しかし、その考えは甘かった。2015年以降に発生した重要な出来事については、わずか数ページ程度を割いているだけだった。

 しかも、FRKや全宅連による「公平ではない」という批判には、まったく答えていない。さらに、ソニー不動産の業績不振に対しては、「知らんぷり」を決め込んでいる。

 こんな内容で、なぜ「増補改訂版」なのだろう。「おかしいなぁー」と思ってパラパラめくっていると、プロローグの最後に次のように注記してあった。

 「内容は原則として2015年3月に刊行した第1版第2刷を基にしています。ただし一部の記述は、現状を踏まえて適宜見直しています」──。

 すなわち、増補改訂版(2017年11月発行)と強調していても、実際には第1版第2刷(2015年3月発行)に近い内容に過ぎなかったことになる。

 「増補改訂版」はほとんど役に立たなかったので、自分で必要な情報を集めることにした。ソニー不動産の経営状態を知るためには、まず過去3年間(2014年度?2016年度)の実績値と、最近1年間(2017年度)の予想値を抑えておく必要がある。

 「インターネット版官報」または帝国データバンクの「TDB企業サーチ」などを利用すると、次のような数字を入手できる(下の表)。


 2014年度、2015年度、2016年度の3年間は赤字だった。このため2017年度に黒字に転換できるかどうかが問われている。

 しかし、「増補改訂版」の142ページには、この赤字を忘れたような数字が掲載されている。

 (1)2014年度──売買仲介取扱高は約91億円に過ぎなかった。

 (2)2016年度──売買仲介取扱高は約455億円、2014年度の約5倍に増えている。

 

 この記述を見ると、業績は極めて好調かのように感じるが、それは錯覚に過ぎない。実際には2014年度は3億1500万円の赤字、2016年度は2億2800万円の赤字なのである。

 実際問題として、ソニー不動産の業績を把握するためには、「日本経済新聞デジタル版」に掲載された3本の記事で必要十分である。

【記事1──話題沸騰も成約「ゼロ」、ヤフーの不動産フリマ(2016年2月27日)】

 個人がインターネットを使ってマンションの売買をすることができる、ウェブサイト「おうちダイレクト」を手掛けるヤフーとソニー不動産。仲介業者頼みの現状に風穴を開けられると注目を集めたが、サービス開始から3カ月がたって成約に至ったケースはない。

 おうちダイレクトの場合、売り主がヤフーなどに支払わなければならない手数料は無料で、買い主から「成約価格の3%+6万円」を受け取るようにしている。これに対して、仲介業者は売り主からも最大で同額分をもらう。

 「IT企業がネットを使って中古マンションの流通市場の需要を奪おうとしている」。ある仲介業者の社員はヤフーとソニー連合の台頭に危機感を募らせている──。

【記事2──ソニー不動産、18年3月期に営業黒字転換目指す(2017年7月4日)】

 ソニー不動産は4日、2018年3月期に営業黒字に転換させ、営業利益率5%をめざすと明らかにした。 西山和良社長は「早期の上場をめざす」としている。──。

【記事3──オプト、ヤフーにネット子会社売却(2017年11月16日)】

 ネット広告大手のオプトホールディングは16日、ホームページ製作や宣伝支援の子会社をヤフーに売却すると発表した。

 売却する子会社はクラシファイドで、ヤフーの不動産紹介サイト「ヤフー不動産」に掲載するマンションや戸建ての物件情報を集める営業を請け負っている。12月26日に売却する予定で、今後はヤフーが同社を軸に営業を強化する。

 ヤフー不動産はソニー不動産と共同で、個人間などで不動産をネット取引できるサービス「おうちダイレクト」を展開している──。

 すなわちヤフー不動産としても、ソニー不動産との提携路線を強化したのである。

 それを反映するかのように、ヤフー不動産のトップページには、「おうちダイレクト」をサポートする宣伝企画が、「ここまでやるのか」と感じさせるほどに、ドーンッと大きく掲載されている。

 2018年2月時点(下の図)は、「ポイント10万円作戦」である。


 2018年4月時点(下の図)は、「60秒無料チェック作戦」である。



 以上をまとめると、ソニー不動産にとっては、2017年度(2018年3月期)の営業損益が本当に黒字に転換するかどうかが「大きな試金石」になる。

 なお、ソニー不動産に関する情報を知りたいときには、マーキュリー社のニュースリンクサイト「Realnetニュース」の検索機能が役に立つ。<https://news.real-net.jp>

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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