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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2012年1月17日

第54回マンションの評価が「強い」から「弱い」に逆転した理由

 東日本大震災による仙台市のマンション被害は、被災当初は「倒壊0棟」と伝えられていた。しかし、昨年夏頃から評価が一変して、「全壊100棟」と伝えられるようになっている。

 まず、昨年4月21日、社団法人・高層住宅管理業協会は、東北6県で会員社が受託するマンション1642棟の被災状況を発表。「大破0棟、中破26棟、小破283棟、軽微1024棟、被害なし309棟」とした。また、大破よりひどい「倒壊」も0棟だった。

 これを受けて、不動産業界を中心に安心感が広がり、「マンションは地震に強かった」とする「誤ったイメージ」が広がった。

 しかし、昨年9月13日、NHKテレビ「けさのクローズアップ」は「 被災マンション、進まない復興」の中で、「仙台市のマンション100棟以上が全壊と認定された」と報道。全国紙や地方紙にも「全壊認定100棟」とする記事を見かけるようになった。すなわち、実際には、「マンションは弱かった」のである。

 NHKや各紙が「全壊100棟」と報じたのは、仙台市が被災者生活再建支援法に基づいて発行する、マンションの「罹災証明書」の数を根拠にしたものだ。

 仙台市のマンションはなぜ、「倒壊0棟」でありながら、「全壊100棟」でもあるという、奇妙な状態に陥ったのだろう。これは、評価の基準の問題である。

 高層住宅管理業協会の調査は、「日本建築学会の被災度判定基準」に従ったものである。一方、仙台市が罹災証明書を交付するための調査は、「内閣府が定める災害に係る住家の被害認定基準」に従っている。

 そして、論文「地震被害データに基づく各種の被災度指標の対応関係の分析」によると、2つの基準には大きなかい離がある(「資料1」p30から抽出)。

 驚くべきことに、建築学会の判定基準が「小破、中破、大破、倒壊」とした建物が、罹災証明書の認定基準では「全壊」と認定され得るのである。また、「小破、被害軽微」でも、「半壊」と認定され得る。

 建築学会の基準は、主として、構造体(柱、梁、壁)の損傷程度に着目する。これに対して、罹災証明書の基準は、住民の生活実感に着目する。2つの基準が大きく異なるのは、例えば玄関ドアの被害である。

 鉄筋コンクリート造のマンションで出入口に金属製のドアを取り付けるとき、まずコンクリートの壁に穴を開け、その穴にドアの枠を固定する。さらに、その枠とコンクリートの間にモルタルを充てんして、ドアの枠とコンクリート壁を一体化する。通常、ドアと枠の間には、3ミリ程度の隙間がある。

 地震でコンクリート壁が変形すると、ドアの枠も一緒に変形する。この時、ドアの変形が3ミリを超えると、扉は開かなくなる。

 そして、ドアの枠が3ミリ以上変形しても、建築学会の基準ではせいぜい「軽微、小破」どまりである。しかし、ドアが開閉できなければ住民は生活できないため、罹災証明書の基準では「住家が居住に必要な基本的機能の一部を喪失したもの」として、少なくとも「半壊」と認定されることになる。

 大地震後に行われる調査には、おおむね5種類ある。

 (1)応急危険度判定協議会が行う、「応急危険度判定」のための調査。

 (2)建築学会、土木学会、高層住宅管理業協会など専門家集団が行う調査。

 (3)市町村が行う、「罹災証明」発行のための調査。

 (4)建物所有者が行う、「被災度区分判定」のための調査。

 (5)地震保険のための調査。

 このように5種類もの調査方法があるのに、その判定(認定)結果が異なることが、「倒壊0棟──マンションは地震に強かった」から、「全壊100棟──マンションは地震に弱かった」へ大逆転した真相である。

 そして、「全壊」認定されたマンションでは、実際問題として、住民の生活は著しく困難になる。

 いつか必ず来る、東京直下地震あるいは東海地震などに備えるため、今回の出来事を教訓にして、マンションの耐震性をより万全なものにする必要がある。

 【参考資料】

(1)気象庁震度に関する検討会震度に関する検討会

 (第1回)「資料1震度階級関連解説表」の見直し」

 (2)宮腰淳一、林庸裕、福和伸夫「地震被害データに基づく各種の被災度指標の対応関係の分析」(構造工学論文集Vol46B、pp121-134、2000年)

(3)高井伸雄、岡田成幸「地震被害調査のための鉄筋コンクリート造建物の破壊パターン分類」(日本建築学会構造系論文集549号、 67-74、2001年11月30日)

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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