リアナビ

スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2011年4月26日

第29回免震構造の「揺れ代(ゆれしろ)」問題

 建物の構造には、耐震構造、免震構造、制震構造の3タイプがある。耐震構造は、地震の揺れに、「ひたすらがんばって耐える」。免震構造は、免震装置により、「地震の揺れから免れる」。制震構造は、ダンパーで揺れを吸収し、「振動を制する」。

 この3タイプのうち、構造専門家の間では、免震構造がベストというのが定説になっている。3月11日に発生した東日本大震災においても、優れた効果を発揮。免震構造に対する評価はさらに向上した。なお、建物を免震構造にするためのコストは、建設費の数%になる。

 今回は、その免震構造に関する、意外な問題を紹介する。名付けて「揺れ代(ゆれしろ)問題」である。




 図1は、免震構造の概念図。建物と基礎の間に免震装置がある。図2、図3は、地震時に揺れている様子。免震装置があるため、建物に地震力が伝わらない。図4は、図1を上から見た状態。建物と土地の間に、建物を水平稼働させるための揺れ代(ゆれしろ)がある。この揺れ代は、建物の条件によって異なるが、60センチ程度は必要になる。

 ところで、「揺れ代」とは筆者の造語で、「糊代(のりしろ=紙を貼り合わせるとき、糊をつけるために設ける部分)」からの連想。構造専門家は「クリアランススペース」と呼ぶ。クリアランスとは、物と物との間隔、隙間をいう。

 当然ながら、この揺れ代に、人や車が近づかないような設計が必要になる。 自分が建てようとする住宅、あるいは購入しようとする住宅が免震構造であることは、一般的には大きな「安心材料」になる。しかし、場合によっては「不安材料」にもなり得ることを、最近、改めて実感した。

 きっかけは、筆者がある専門紙に寄稿したコラムだった。コラムで対象にした分譲マンションは免震構造だったので、それを素直に評価した。

 しかし、コラムを読んだという読者から、次のような趣旨の手紙をもらった。

 「私には小さな子供がいるので、記事に書かれたマンションの1階にある、専用庭が付いた住戸を購入した。しかし、内覧会のとき、専用庭が、免震構造の揺れ代になっていることに気がついた。これでは、地震の時、子供が揺れ代にはさまってケガをする可能性がある。そのため、やむなく契約を解除しました」

 「重要事項説明書には、地震に際して、揺れ代が水平稼働するので注意するように、との説明が必要ではないかと思うのですが、いかがでしょうか」

 確かに、指摘の通りである。それは、この数年続いている、小学校や中学校の屋上に設置された天窓(トップライト)から、子供たちが転落する事故の経験からも明らかだ。そもそも天窓に乗ってはいけないのだが、相手は理屈が通じるとは限らない子供なのだから、大人として何らかの対策を講じる必要がある。

 免震構造の揺れ代問題に関して、出来ることは2つある。第1に、すべての免震建物において、念のため、揺れ代部分の安全性を点検してみること。

 第2に、ユーザーに選択肢を与えるために、情報をきちんと開示。重要事項説明書に、「免震構造には揺れ代が付き物であり、地震時には気をつける必要がある」と明記すること。その方が、紛れがなくていい。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


BackNumber


Copyright (c) 2009 MERCURY Inc.All rights reserved.