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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2018年9月11日

第295回 「東京・江東5区の長期水没予測」+「マンション居住者の困惑」そして「台風21号」

 東京都の東部に位置する、「江東5区(墨田・江東・足立・葛飾・江戸川)広域避難推進協議会」は今年8月22日、大規模水害に襲われた場合の浸水想定区域図と避難計画を公表した。

【■■■大規模水害に襲われた場合の「避難計画」】

(1)そもそも、江東5区には海抜ゼロメートル地帯が広がり、海面や河川の水面より低いため、水が抜けにくいという深刻な事情がある。

(2)そのため、巨大台風がもたらす長時間の豪雨で荒川と江戸川が同時に氾濫し、高潮も起きるという最悪の事態を想定して被害をシミュレーションした。

(3)その結果、墨田・江東・足立・葛飾・江戸川の5区の9割以上が浸水し、また水が2週間以上も引かない地域もあることが分かった。

(4)仮に、マンションやビルなどの高層階に「垂直避難」しても、浸水が長く続けば、ライフライン(電気、ガス、水道、トイレ)の断絶や食料の不足などで生活は困難になる。

(5)したがって、移動が難しい高齢者らを除き、自宅に居続けることなく広域避難しなければならない。

 

(6)広域避難者の数は、人口の9割以上に当たる約250万人と予想される。

(7)こういう被害予測をもとに、協議会は広域避難勧告を発令する基準を独自に設けた。

(8)同基準では、「台風予報や雨量予測などをもとに、川の氾濫の3日前から5区で検討を始め、2日前から順次、浸水区域外への広域避難を呼び掛ける」方針。

(9)ただし、現時点では、この事態を想定した公的な広域避難場所は確保できていない。それゆえに、「各自で確保した親戚や知人宅などに避難を」と呼び掛けている。

 文章だけでは分かりにくいので、ここから先はなるべくビジュアルな資料を使って説明したい。

【■■■荒川・江戸川領域の「水没予想図」】


 上の図は、いわば「江東5区」の断面図である。隅田川、荒川、江戸川などは地面より高い位置を流れているため、氾濫すれば広い地域が浸水し、かつ水が引きにくいことが分かる。

(国交省ウェブサイト、「水害対策を考える──住宅地より高い所を流れる日本河川」から引用)

 上の図は、江東5区の水没図である。巨大台風により荒川と江戸川が同時に氾濫すれば、江東5区のほとんどが浸水し、その深さは最大で10m以上になり、2週間以上も浸水が引かないこともある。

(江東5区広域避難推進協議会が作成した、「江東5区で水害が発生したら」から引用)

 上の図は、江東5区の「最大浸水深」を示している。荒川の西側に浸水深5m以上の「赤いエリア」が集中。その外側に浸水深3m〜5mの「ピンクのエリア」、さらにその外側に浸水深0.5m〜3mの「肌色のエリア」が広がる。

(江東5区広域避難推進協議会が作成した、「江東5区大規模水害広域避難計画」から引用)

 上の図は、江東5区の「浸水継続時間」を示す。荒川の両側に浸水継続時間が1週間以上の「濃いオレンジ色のエリア」が広がる。そして、その外側に浸水継続時間が1週間以上の「薄いオレンジ色のエリア」と、浸水継続時間が3日以上の「黄色のエリア」がある。

(江東5区広域避難推進協議会が作成した、「江東5区大規模水害広域避難計画」から引用)

【■■■マンションの周辺が浸水した場合】

 上の図は、「あなたの住まいや区内に居続けることはできない」状態を示している。仮に「マンションだから大丈夫」「3階以上だから大丈夫」と思っていても、2週間以上、電気・ガス・トイレが使えない生活に耐えることは困難なのである。

 

(江東5区広域避難推進協議会が作成した、「江東5区で水害が発生したら」から引用)

 この図は「浸水深さがマンションに及ぼす影響」を示している。床下浸水(宅地基盤〜50cm)によって、停電、エレベーターの停止、給水停止(水道、トイレの使用不可)などが発生する。

 また床上浸水(50cm〜1m)によって、マンション1階レベルでの移動が困難になる。そして床上浸水(1m〜)の事態になると、もはや・・・。

(国交省「わかりやすい洪水・渇水の表現検討会」が作成した、第1回「説明資料」から引用)

【■■■マンション居住者の「困惑」】

 分譲マンションや賃貸マンションの居住者はこれまで、次のように考えていたに違いない。

「木造や鉄骨造の1階建や2階建の戸建て住宅と比べて、鉄筋コンクリート造のマンションは水害に強い。また仮にマンションが水害に襲われたとしても、気をつけなければならないのは地下住戸、地下駐車場、地下倉庫など、宅地基盤(道路面)より低い部分に限られる」。

 しかし、実際問題としては、床下浸水(宅地基盤〜50cm)によって、停電、エレベーターの停止、給水停止(水道、トイレの使用不可)などが発生して、住むに住めなくなってしまうのである。

 そして、巨大台風がもたらす長時間の豪雨で荒川と江戸川が同時に氾濫すれば、江東5区には浸水深50cmどころではなく、浸水深3m〜5m、さらには浸水深5m以上のエリアも出現。しかも、浸水が2週間以上も引かない地域もあるというのだ。

 事態がこんなに深刻だったとは・・・。多くのマンション居住者は「困惑」しているに違いない。

【■■■台風21号により大阪湾で史上最高の潮位】

 江東5区広域避難推進協議会が、「浸水想定区域図」と「避難計画」を公表したのは8月22日だった。それから間もない9月4日、勢力が非常に強い台風21号が四国と近畿を縦断。大阪湾では1961年に第2室戸台風が上陸した時を上回る、観測史上最高の潮位が記録された。

 大阪市で観測された高潮は3m29cm──普段の潮位と比べて2m77cmも高い

 神戸市で観測された高潮は2m33cm──普段の潮位と比べて1m81cmも高い

 その結果、関西国際空港では滑走路などが冠水して機能が停止、一時は1万名近くの人が孤立するなど大きな影響が出た。また、神戸市の海沿いでは水位が腰が浸かるほどの高さに達し、神戸六甲アイランドでは岸壁近くに置かれている複数のコンテナが燃える火事が発生した。

 このため、1959年9月の伊勢湾台風に際し、広い範囲で高潮による浸水が発生。名古屋湾や伊勢湾に面した地域を中心に、4562名もの死者を出した被害を思い出した人も少なくなかった。

 地球温暖化のため、今後は強い台風がますます増える。江東5区のマンションに住む計画があるのなら、「江東5区・広域避難推進協議会」が出した警告に、きちんと眼を通してからにしてほしい。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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