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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2017年9月5日

第258回積水ハウスはなぜ"地面師"にダマされて63億円ものお金を失ったのか

 【その1 積水ハウスが被害詐欺の公表に踏み切った理由】

 積水ハウスは8月上旬、「マンション用地の取得にからみ、63億円の詐欺被害にあった」と公表した。同社のニュースリリース「分譲マンション用地の購入に関する取引事故につきまして」を要約する──。

 2017年4月24日。東京都内の約2000平方メートルの土地を、購入代金70億円で購入する契約を結んだ。

 6月1日。相手に63億円を支払って、所有権移転の登記に必要な書類一式を受け取った後、法務局に所有権移転の登記申請をした。

 6月9日。法務局から、「偽の書類が含まれていた」として申請が却下されたため、犯罪に巻き込まれた可能性が高いと判断して、捜査機関に被害の申し入れを行った。

 8月2日。ニュースリリースで、詐欺被害にあったことを公表した──。

 このニュースは新聞社やテレビ局も報道したが、表面的な内容にとどまっていた。しかし、講談社のウェブサイト「現代ビジネス」に8月3日掲載された、ジャーナリストの伊藤博敏氏による、「積水ハウスから63億円をだまし取った"地面師"の恐るべき手口──実行犯の偽装証明書を入手した」と題する記事はとても詳しく、核心を突いていると感じた。

 同記事はまず、問題になったのはJR五反田駅から徒歩3分の場所にある、休業した旅館「海喜館」が立つ土地で、その朽ちた印象から「怪奇館」と呼ばれることもあると説明。

 その上で、売却に関わった不動産会社、ブローカー、弁護士、司法書士など関係者の中に、所有権者のSさんになりすました女がいて、その女は地面師だったと指摘している。

 地面師とは、「土地所有者が知らないうちに、偽造した印鑑証明書や委任状などを利用して、その土地の権利に関する詐欺を行う詐欺集団。土地を売買して手付金をだまし取ったり、借金の抵当に入れるなど様々な手口がある」(『とっさの日本語便利帳』)。

 地価高騰で土地取引が活発だった1990年前後のバブル期には、地面師による事件が目立ったという。

 積水ハウスが6月9日に詐欺にあったらしいと自覚しながら、長い間それを公表しなかったにもかかわらず、8月2日になってニュースリリースという形で、重い口を開かなければならなかったのはなぜか。

 私は、同社がジャーナリストの伊藤博敏氏に取材を受け、「8月3日には現代ビジネスに記事が掲載されるので、事件をもう隠しきれない」と判断したための措置と推測している。

 【その2 「現代ビジネス」が伝える地面師の横行】

 「現代ビジネス」には、ほかにも6本の記事が掲載されている。

 (A)2016年8月14日「新橋『大地主女性』が突然の失踪?周辺開発で地価高騰の最中、ちらつく"地面師"の影──現在進行形の怪事件!」(週刊現代編集部)

 (B)2016年11月3日「ご用心!不動産のプロまでダマされる"地面師"たちの手口──土地の所有者になりすます詐欺集団」(ジャーナリストの森功氏)

 (C)2016年11月12日「怪しすぎる不動産詐欺?渋谷の土地取引、消えた6億5000万円──"地面師"という闇の住人」(ジャーナリストの森功氏)

 (D)2017年2月11日「テレビ・新聞が報じない"地面師詐欺師"、ついに明かされた驚きの手口──12億円の被害はこうして生まれた(ジャーナリストの森功氏)

 (E)2017年2月14日「二重のなりすまし詐欺!一見善良そうな老人が"地面師一味"だった」(ジャーナリストの森功氏)

 (F)2017年2月23日「アパホテルから12億円を騙し取った"地面師"驚きの手口──カネはどこに消えたのか?」(ジャーナリストの伊藤博敏氏)

 「現代ビジネス」に掲載された諸事件のうち、被害額が最も高かったのは新橋・大地主女性の約15億円、次にアパホテルの12億円だった。しかし、今回は一気に63億円と巨額になった。

 伊藤博敏氏の2017年8月3日付記事「積水ハウスから63億円をだまし取った"地面師"の恐るべき手口」は、次のように結んでいる。

 「地面師犯罪は繰り返されているが、これだけ巨額の物件はマレ。積水ハウスの担当者が、この件に責任を感じてか自殺をしたなどの説も出てくるなど、解明はこれからだ。この種の詐欺事件を繰り返させないためにも、警視庁は総力を挙げて、"怪奇館"事件を立件すべきだろう」。

 自殺者が出たというのは本当だろうか。

 【その3 積水ハウスの甘いチェック体制】

 さて、「現代ビジネス」が地面師の横行について警鐘を鳴らしていたにもかかわらず、積水ハウスのような大企業が、なぜ詐欺を見抜けなかったのだろう。

 伊藤博敏氏は、記事の中である不動産会社の言葉を紹介している。「積水ハウスは以前から、業界内でもチェックが甘いのではないかという指摘があった。実際、私が取引に関わった時も、あまり細かい注文をしてこないので、いい会社だなと思ったぐらいです」。

 "積水ハウスの甘いチェック体制"という指摘に関しては、すぐに思い出す事件がある。それを確認するために、グーグルに「"積水ハウス""一級建築士""処分"」という言葉を入力した。すると、実に約2万8700件もの項目がヒットした。

 古い順に何件か拾ってみよう。

 (A)2008年12月17日付、日経BP社ケンプラッツの記事、「一級建築士4人の免許を取り消し、積水ハウスの社員も業務停止に」。

 積水ハウスの管理建築士を務めていた社員が、「管理と適正の確保が不十分」という理由で1カ月の業務停止となった。つまり、「チェックが甘い」として、建築基準法で処分されてしまった。

 どこが甘かったのだろう。積水ハウスが2008年5月、広島市内でアパート2棟を着工した際に、同社の設計担当者が確認申請を出さずに、架空の確認番号を現場に掲示していたというのである。これは恥知らずの詐欺行為というしかない。

 しかも、設計した担当者は建築士の資格を持っていなかったため、建築基準法では処分の対象とならなかったため、代わりに管理建築士を処分したのである。なんともお粗末な話である。

 (B)2009年4月9日付、読売新聞の記事、「積水ハウス元社員が市の証明書偽造容疑」。

 浜松中央署は積水ハウスの元社員を有印公文書偽造・同行使容疑で逮捕した。元社員は同社浜松支店に勤務していた2008年7月頃、浜松市内に建設するアパートの建築確認申請に必要な、同市長名の「適合証明書」1通を偽造。8月頃、この偽造文書を添付した建築確認申請書を提出した──。

 「適合証明書」の偽造もまた、恥知らずの詐欺行為である。積水ハウスは「チェックが甘い」ため、これを見逃していたのである。

 (C)2012年9月11日付、日経新聞電子版の記事、「一級建築士のなりすましは必ずバレる」。

 1989年に積水ハウスに入社した社員は、1996年から2002年まで神奈川県内の支店で管理建築士として、約760件の設計監理業務に携わっていた。しかし今年2月、建築士免許の登録機関が、この社員は実際には管理建築士になるために必要な一級建築士の資格を持っていなかったことを指摘し、なりすましが発覚。積水ハウスは8月に本人を解雇した──。

 要するに、この社員は、一級建築士ですと自己申告して積水ハウスで23年間も仕事をしていたが、同社は「チェックが甘い」ため、これにまったく気づいていなかったというアキレタ話である。

 大手住宅メーカーで、マンション分譲事業に熱心なのは、大和ハウス工業である。念のために、「"大和ハウス工業""一級建築士""処分"」で検索すると、ヒットしたのは約3720件に過ぎなかった。つまり積水ハウス(約2万8700件)と比較すると、大和ハウスのチェック体制は約8倍もしっかりしているということになる。

 【その4 今回の詐欺被害事件と、過去に行政処分を受けた事件の比較】

 最後に「積水ハウスがマンション用地取得に伴い、詐欺被害にあった事件」と、「積水ハウスの一級建築士などが、行政処分を受けた事件」を、表の形で比較してみた。

 「詐欺被害にあった事件」および「一級建築士などが行政処分を受けた事件」ともに、積水ハウス自身には不正を見抜く能力はなく、法務局、国交省、警察署などの関係当局に指摘されるまで気づかなかった。何ともお粗末な話なのである。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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