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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2016年9月6日

第222回下鴨神社の「定借マンション」を考える

 定借マンション「J.GRAN THE HONOR 下鴨糺の杜」を取材するため、下鴨神社の境内にある敷地と、百万遍知恩寺の傍にあるマンションサロンを訪ねた。

 「古都京都の文化財」として、1994年に世界遺産に登録された下鴨神社がなぜ、境内に「定借マンション」を建てなければならないのか。その主な理由は、21年ごとに約70棟の社殿を修復・新調する「式年遷宮」を行う資金を手当てするためだ。

 1回の遷宮には約30億円の費用が必要とされるが、国の補助金は8億円だけ。残りは企業や個人の寄付に頼るしかないが、2015年4月に行われた34回目の遷宮では、集まったのは半分程度に過ぎなかった。これでは深刻である。

 ほかにも「糺(ただす)の森」と呼ばれる原生林の維持にお金がかかる。その広さは約12万4000平方メートル(約3万8000坪)と、東京ドームの約3倍になる。知り合いの庭木屋さんに聞いたら、「住宅に100坪の庭があると、年に2回手入れしたとして費用は20万円程度(坪当たり2000円)」。この金額をそのまま当てはめると、数千万円もの金額になる。

 しかし下鴨神社は拝観料を取らない。お賽銭、お守りやおみくじの販売、祈祷や婚礼などでは、日々の運営をまかなえる程度に過ぎない。

 そのため、JR西日本不動産開発(事業主・売主)と竹中工務店(設計・施工者)の協力を得て、期限50年間の「定期借地権付きマンション」を建設。年間約8000万円の地代を得て、遷宮などの費用をまかなう計画を立てた。

 この写真は、京都市美観風致審議会・景観専門小委員会に提出された資料である。赤線で囲まれているエリア(バッファゾーン=緩衝地帯)がマンションの敷地で、御蔭通を挟んで、上側(北側)の白線で囲まれたエリアが世界文化遺産登録区域になる。

 糺の森は赤線エリアと白線エリアにまたがっている。ただし、赤線エリア(バッファゾーン)では、本来の樹種であるケヤキやエノキなどニレ科の落葉樹以外に、常緑樹が混じって生態系が乱れ始めている。また駐車場や研修道場が広いスペースを占めているのに加えて、研修道場は老朽化して耐震強度が不足していた。すなわち、赤線エリアもまた、整備する必要があったのである。

 下鴨神社では当初、このバッファゾーンに定借マンションではなく、定借ホテルの建設を検討。国内の有力ホテルに協力を依頼した。しかし同ホテルの経営権を握る大手デベロッパーは、協力を断ったとされる。そのため下鴨神社は定借ホテルをあきらめて、定借マンションに切り替えた。

 しかし、定借マンションの建設計画が表面化すると、「世界遺産・下鴨神社と糺の森問題を考える市民の会」が建設反対運動を開始。「"市民の森"構想検討委員会」を立ち上げた。その主張は次の通りである。

 (1)バッファゾーンを市民の森として整備する

 (2)その整備主体は京都府あるいは京都市であることが望ましい

 (3)それが困難な場合は市民からの寄付にもとづく基金をベースにする

 (4)その上で、下鴨神社と借地契約を締結して、毎年相当額の借地料を支払う

 (5)よって、この構想の実現を妨げるマンション建設工事を、直ちに中止するように申し入れる

 このうち(1)~(4)はさておき、(5)には問題がある。「市民の会」が作成した2016年4月28日付の提案書によると、マンション建設反対の裁判を起こすための費用(印紙代、弁護士経費)が不足しているとして、活動支援カンパを呼びかけているのである。

 わずかな裁判費用を用意できないような現状で、(1)~(4)に必要な基金を集めることができるのだろうか。

 そもそも下鴨神社が、定借マンションを建設することになったのは、遷宮の費用と糺の森を整備する費用を企業や個人の寄付に頼ろうとしたのに、その希望が叶わなかったためだった。

 ウエブサイト「京都市情報館」の「下鴨神社のマンション建設について(2015年7月31日)」という欄に、次のようなやり取りがある。

 ご意見要旨「下鴨神社のマンション建設は評判が悪い。何とかしてもらいたい」

 回答要旨「現在の計画では、建物を数棟に分けて日本瓦や生垣を施すとともに、既存樹木の手入れや新たな植樹をすることにより、下鴨神社の隣接地であることを十分に考慮した世界遺産の価値を更に高める計画とするような努力が随所にうかがえるものとなっております」

 「また、表参道や御蔭通南側の歩道を拡幅し、石畳風に仕上げることなどにより、葵祭の舞台となる空間を創出するとともに、社家町景観の再生にも寄与するなど、建物、樹木、参道等でできる限りの配慮がなされております」

 「本市といたしましては、引き続き、歴史的文化的資産、伝統行事の継承と優れた自然的景観の両立を図れるよう最大限知恵を絞り、下鴨神社を世界遺産として次世代に継承できるよう、今後とも下鴨神社や関係機関と協議を行ってまいりますので、ご理解とご協力を賜りますようお願い申し上げます」(京都市・都市景観部・風致保全課)。

 私は現地を取材して、下鴨神社が定借マンションの建設を選択したのはやむを得ない行為であり、「J.GRAN THE HONOR 下鴨糺の杜」が優れたマンションであることを実感した。

 【J.GRAN THE HONOR 下鴨糺の杜】概要

 所在地─京都市左京区下鴨泉川町

 交通─京阪本線・鴨東線「出町柳」駅徒歩9分

 地域・地区─第1種低層住居専用地域・準防火地域・10m高度地区・風致地区第3種地域・下鴨神社周辺特別修景地域・眺望空間保全地域・近景デザイン保全区域・遠景デザイン保全区域

 敷地面積─9647.68平米

 構造・規模─鉄筋コンクリート造3階建

 総戸数─99戸

 住居専有面積─61.29~145.53平米

 バルコニー面積─10.80~18.36平米

 運営・管理業務─JR西日本住宅サービス

 建物竣工予定時期─2017年4月下旬

 入居予定時期─2017年6月下旬

 事業主・売主─JR西日本不動産開発

 設計・施工─竹中工務店

 権利の種類─定期借地権(地上権)の準共有

 第1期販売─2016年9月上旬~中旬(予定)

 販売価格─6000万円台~2億円台後半(予定)

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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