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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2019年2月12日

第309回 「第1期・第2期」ではなく「ソルシーズン・ルナシーズン」と表示する理由

 私はこれまで多くの分譲マンションを取材してきた。そのため取材で驚くことは少ないのだが、名古屋市熱田区の「エムズシティ神宮前」(10階建、186戸)を取材したときには、大いに驚いた。

 このマンションは名鉄不動産が売主、長谷工アーベストが販売代理として、2018年から販売活動を続けているマンションである。

 私が取材のために2018年12月にモデルルームを訪ねると、名鉄不動産・名古屋住宅事業本部・マンション販売部の部長および担当係長、それに長谷工アーベスト・名古屋支店のプロジェクトマネージャーという計3名が、丁寧に対応してくれた。

 取材したのは、1回目の販売と2回目の販売が終了した段階だった。

 そのため私は何の気なしに、「第1期販売と第2期販売で購入した人たちのプロフィル」および「彼らが評価した点」について質問した。

 すると、「私どもは、第1期ではなく“ソルシーズン”、第2期ではなく“ルナシーズン”、という言葉を使っています」という回答があった。

(エムズシティ神宮前の外観。画像データは名鉄不動産の提供)

■■■公式ウェブサイトで目にした表現

 この瞬間、私にも「ハッ」とひらめくものがあった。

 取材の準備をするため、事前に「エムズシティ神宮前」の公式ウェブサイトにアクセスして、「物件概要欄」をチェックしているときに、確かに「ソルシーズン」とか「ルナシーズン」という表現を目にした覚えがあったのである。

 「これは、どういう意味だろう?」と思って、ウェブサイトを隅々まで見渡したのだが、その説明はどこにも見当たらなかった。

 念のために、「SUUMO」や「LIFULL HOME'S」の物件概要欄もチェックしたのだが、結局のところ「分からずじまい」だった。

 そういう一連の出来事を思い出した私は、「何か興味深いことが待ち受けている」という気がした。そのため、次のように質問した。

 「公式ウェブサイトで、ソルシーズンとかルナシーズンという言葉を見た覚えがあります。これにはどういう意味があるのですか?」。

■■■回答パート1「マンション販売の教科書に記載されている」ような内容

 私の質問に対して、名鉄不動産および長谷工アーベストの責任者からは、「マンション販売の教科書」に記載されているような、模範的な回答が返ってきた。これを回答パート1と呼ぶことにしよう。

 なお、====== の下に示した文章が、両社からの回答である。

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 マンションの販売では、「プレオープン」、「事前案内会」、「モデルルームオープン」、「モデルルームグランドオープン」などの手法を使います。

 このうち「モデルルームオープン」や「モデルルームグランドオープン」は、基本的には一般のお客様を広くお迎えする、という意味になります。

 それに対して、「プレオープン」や「事前案内会」は、いわゆる「友の会」の会員、事前に行ったアンケートに対する回答者、マンション周辺の居住者などを対象にして、開催されることになります。

 こういう方々は、一般のお客様に比べて物件に深い関心をお持ちです。それに加えて、実際に購入される割合も高くなります。

 それゆえに、モデルルームの見せ方や、販売価格を決めるときに、とても参考になります。

■■■回答パート2「販売担当者が実際に直面している」課題

 次に「エムズシティ神宮前」の販売責任者が直面している、課題についての説明が返ってきた。これを回答パート2と呼ぶことにしよう。

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 「エムズシティ神宮前」の販売活動は2018年の3月からスタートし、500件〜600件の資料請求がありました。

 そのため、資料を請求された皆さんを対象にして、2018年9月にモデルルームを「プレオープン」しました。すると出席された皆さんが、とてもいい反応を示してくれました。

 それを受け止めるべく、10月に「ソルシーズン」として58戸を販売し、全戸を売り切ることができました。

 続いて11月に、モデルルームを「グランドオープン」し、「ルナシーズン」として15戸を販売しました。これもまた、全戸を売り切ることができました。

■■■回答パート3「第1期、第2期・・・という表現」を使わない理由

 「エムズシティ神宮前」は2019年1月に、新たな販売の段階である「メルクリオシーズン」を迎えた。

  回答パート3は、第1期ではなく「ソルシーズン」、第2期ではなく「ルナシーズン」、第3期ではなく「メルクリオシーズン」という名前を使う理由である。以下、一問一答方式で表現する。

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 私の質問─「ソル」「ルナ」「メルクリオ」とは、どういう意味ですか?

 相手の回答─ソルは「太陽」、ルナは「月」、メルクリオは「水星」です。

 問─ということは、太陽系を構成する天体の名前ですか?

 答─はい、そうです。

 問─なぜ、第1期、第2期・・・という表現を使わないのですか?

 答─販売時期を数字で表現すると、第1期、第2期・・・と進むにつれて、お客様には「売れ残りではないのか」というような印象が強まっていきます。

 問─確かに、そういう面がありますね。

 答─私どもとしては、そういう印象を残さないために、天体の名前を使うことにした次第です。

 問─とてもユニークですね。「メルクリオ(水星)シーズン」の次は、どういう呼び名になりますか。

 答─「ベヌス(金星)シーズン」です。

 (※注)「ソル」「ルナ」「メルクリオ」「ベヌス」はすべてスペイン語という。これを英語で呼ぶと、「サン」「ムーン」「マーキュリー」「ヴィーナス」となる。


■■■回答パート4「住友不動産の販売スタイル」との比較

 一問一答を繰り返しているうちに、住友不動産が採用している「青田売り+完成売り」という独自の販売スタイルを思い出した。

 新築マンションの販売方法は大きく2種類に分かれている。建物が完成する前に販売する「青田売り」と、完成してから販売する「完成売り(在庫売り)」である。

 マンション会社の立場からすると、事業資金をスムースに回転させるためには、竣工前に完売して在庫を持たないのが望ましいことになる。それゆえに、ほとんどの会社が「青田売り」を選択している。

 しかし住友不動産は、「青田売り+完成売り」という両者を併用した独自の販売スタイルを採用している。

 その効果もあって、2014年(1月~12月)には、全国で6308戸のマンションを供給(販売)して、不動産経済研究所の「マンション全国供給ランキング」で初めて日本一の座に着いた。

 住友不動産の販売スタイルを見ると、「物件の売れ残り感」は余り存在しない。その代わりに、「物件を計画的に供給(販売)している」という、最大手ならではの自信のようなものを感じる。

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 私の質問─「ソル」「ルナ」「メルクリオ」という呼び方には、住友不動産の販売スタイルを連想させるものがありますね。

 相手の回答─確かに、そういう面があるかもしれません。

(エムズシティ神宮前の案内図。画像データは名鉄不動産の提供)

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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