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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2018年12月11日

第304回 成熟の域に達した「新築タワーマンションの価格設定」(後編)

 東京カンテイは自ら、「不動産のデータバンク」と称することがある。

 前編では、その東京カンテイが収集したデータを基に、「東京23区に分譲された50階以上の新築タワーマンションの価格(坪単価)」が、時が経つにつれて「平準化していく実態」を説明。それを新築タワーマンション「価格の法則」と呼んだ。

 今回の後編では、「マンションの価格が平準化していく理由」に焦点を絞る。実は、東京カンテイはその理由を説明するために、「これはすごいなぁ」と感じさせるデータを収集していた。

 50階建てクラスのタワーマンションを対象に、新築時の「分譲価格」に加えて、最近2年間に「中古として流通した住戸の売り出し価格(中古価格)」を集計。それを基に、新築分譲時の坪単価と中古流通時の坪単価を、階層別に詳しく比較したデータである。

 このようなデータは、「不動産のデータバンク」でなければ、収集が困難と思われる。

 さて、東京カンテイの機関誌『kantei eye』(97号)、およびそれに関する「プレスリリース」は、「新築分譲時の価格が平準化」する主な理由として次の3点を挙げている。

 一 30階以下に所在する住戸の希少性が低下。
 二 建築コストの上昇。
 三 価格設定ノウハウの蓄積。

 順に説明していこう。

■■■■■理由一「30階以下に所在する住戸の希少性が低下」

 2000年代前半(2000年〜04年)頃までは、20階以上に所在する住戸が少なく、その希少性ゆえに、高額な価格設定に対してもマンション購入者からは一定の理解が得られていた。

 しかし、2000年代後半(2005年〜09年)以降になると、数多くのタワーマンションが供給され、かつマンションの高層化も進んだ。

 そのため、20階〜30階に所在する住戸でさえ希少性が低下して、高額な価格設定が難しい状況になった。

■■■■■理由二「建築コストの上昇」

 2000年代前半(2000年〜04年)までは、不動産デフレにより、用地取得に余りコストがかからなかった。そのため、中層〜低層階の住戸の価格を割安に設定しても、代わりに高層階や最上階の価格を高額にすることで、十分な利益を確保して売り切ることが可能だった。

 しかし、ミニバブル期(2006年〜08年前半)に入ると、地価高騰や資材価格の上昇によって開発コストが膨らんだ。そのため、従来通りの価格設定では、高層階や最上階の住戸の価格が余りにも上振れして、売れ行きに陰りが出始めた。

 その結果、これまで価格を割安に設定していた低層〜中層階の住戸にも、開発コストアップ分を転換するという方法で、全体としての収益を確保する販売戦略に舵を切った。

■■■■■理由三「価格設定のノウハウを蓄積」

 以上のような販売戦略により、タワーマンションにおける新築分譲時の価格設定のノウハウが蓄積され、またその参考になる事例(特に中古物件の流通事例)も増加した。以下、4つのケースを見ていく。

〘■ケース1 50階クラス、江東区、2000年代前半(00年〜04年)竣工〙
 マンションが竣工してから18年くらい経った今、「新築分譲時の坪単価」と「中古物件としての坪単価」を階層別に比較してみた(以下の図は、東京カンテイの「プレスリリース」から引用)。


 9階以下-----新築分譲時124.7万円→中古流通時213.6万円
          71.3%(88.9万円)アップ
 10階〜19階--新築分譲時135.8万円→中古流通時219.4万円
          61.6%(83.6万円)アップ
 20階〜29階--新築分譲時151.6万円→中古流通時224.8万円
          48.3%(73.2万円)アップ
 30階〜39階--新築分譲時167.5万円→中古流通時225.2万円
          34.4%(57.7万円)アップ
 40階〜49階--新築分譲時188.8万円→中古流通時240.4万円
          27.3%(51.6万円)アップ
 50階以上----新築分譲時221.8万円→中古流通時248.9万円
          12.2%(27.1万円)アップ

 この表を見ると、「低層階に所在する住戸ほど、中古時の値上がり率が高い(9階以下で70%台)」、「高層階に所在する住戸ほど、中古時の値上がり率が低い(50階以上で10%台)」ことが一目瞭然である。

〘■ケース2 50階クラス、中央区、2000年代後半(05年〜09年)竣工〙
 マンションが竣工してから13年くらい経った今、「新築分譲時の坪単価」と「中古物件としての坪単価」を階層別に比較した。


 9階以下---新築分譲時174.9万円→中古流通時309.5万円
        77.0%(134.7万円)アップ
 50階以上--新築分譲時244.9万円→中古流通時408.6万円
        66.8%(163.7万円)アップ

 この表を見ると、「低層階の住戸および高層階の住戸とも、中古時の値上がり率が極めて高い(70%〜60%台)」ことが分かる。

〘■ケース3 50階クラス、豊島区、2010年代前半(10年〜14年)竣工〙
 マンションが竣工してから8年くらい経った今、「新築分譲時の坪単価」と「中古物件としての坪単価」を階層別に比較した。


 9階以下---新築分譲時285.2万円→中古流通時384.0万円
        34.6%(98.8万円)アップ
 50階以上--新築分譲時384.8万円→中古流通時576.6万円
        49.8%(191.8万円)アップ

 この表を見ると、「低層階の住戸および高層階の住戸とも、中古時の値上がり率がいい線をいっている(30%〜40%台)」ことが分かる。

〘■ケース4 50階クラス、中央区、2010年代後半(15年〜20年)竣工〙
 マンションが竣工してから3年くらい経った今、「新築分譲時の坪単価」と「中古物件としての坪単価」を階層別に比較した。


 9階以下---新築分譲時268.5万円→中古流通時352.8万円
        31.4%(84.3万円)アップ
 50階以上--新築分譲時356.2万円→中古流通時446.8万円
        25.4%(90.6万円)アップ

 この表を見ると、「低層階の住戸および高層階の住戸とも、中古時の値上がり率がいい線をいっている(30%〜20%台)」ことが分かる。

 ある意味で驚くのは、9階以下の中古流通時の坪単価352.8万円が、50階以上の新築分譲時356.2万円に、「大接近」している事実である。こんな現象は前代未聞のような気もする。

【■■■■■記事の結論】

 東京カンテイの機関誌『kantei eye』(97号)は次のように強調している。

「巷間では、タワーマンションを購入するなら、“割安な低層階の住戸がオススメ”、などと喧伝する書籍や新聞・雑誌の記事などをよく見かける。しかし、低層階の住戸が中層階や高層階に比べて、割安な価格で新規分譲される時代は、少なくとも東京23区や大阪市においては既に終了している、と言っても過言ではない。そのような知見は過去の産物と認識するべきであろう」。

 これとは別に、東京カンテイのプレスリリースは、印象に残りやすい言葉を使っている。

 「2010年代に入ると、新築タワーマンションにおける価格設定の仕方には、“成熟の域に達した絶妙さ”すら感じられるようになった」。

 それに対して、私は次のように“返歌”している。

 まず、前編の記事のタイトルを、「新築タワーマンション“価格の法則”を発見」とした。その上で、記事の末尾において、「“ディープラーニング(深層学習)”を利用して価格を合理的に決めると、タワーマンションの新築価格グラフは2本の直線に収束していく」と表現した。

 すなわち、東京カンテイが“成熟の域に達した絶妙さ”と感じたことを、私はAI(人工知能)時代ならではの技術である“ディープラーニング(深層学習)を利用した成果”と受け止めたことになる。

 “返歌”とは、「人から贈られたり、言いかけられたりした歌に対する返答の歌」のこと。すなわち、『kantei eye』の特集とプレスリリースがとても優れた内容だったため、密かにお返しをさせてもらった次第である。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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