リアナビ

スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2009年7月23日

第8回 リクルート社の「神話」

 新築マンションの購入を検討しているユーザーが、物件情報を集めたい場合には、リクルート社の無料誌 「住宅情報マンションズ」と、ウェブサイト「住宅情報ナビ」を見れば、ほぼ全物件をチェックできる。 「住宅情報ナビ」には動画もあって、モデルルームの様子も分かるので便利であるし、 「マンション売却シミュレーター」を使えば、価格に関する大まかな相場観をつかむこともできる。

 「住宅情報マンションズ」「住宅情報ナビ」の欠点は、強いていえば、掲載件数が多すぎることだ。 誰でも経験することだが、情報量が多すぎると、頭がクラクラして物事を絞り込めなくなってしまう。

 そのため、情報量を絞り込んだメディアが重宝されることもある。ビジネス・キーパースン向けの物件が 多い日経新聞社のウェブサイト「住宅サーチ」、マンションデベロッパー大手8社の物件だけを掲載する ウェブサイト「メジャーセブン」などがその代表例だ。しかし、リクルート社は、最も価値の高い都心の ハイグレードマンション市場に関しては、有料誌「住宅情報 都心に住む」を配して隙を見せない。

 私は建築&住宅ジャーナリストとして、このような圧勝体勢を築いたリクルート社の歩みを、 「斜め45度」から眺めてきた。そして、舌を巻いたことが2回ある。

 1回目は、1976年に創刊された有料誌「月刊住宅情報」にまつわる「神話」である。同誌は、 分譲マンションに関する広告情報を無料で数多く掲載するとともに、資料請求用の葉書を添付して、 読者からの請求件数で媒体価値をアピールするというビジネスモデルだった。

 このビジネスモデルが優れていたため、「月刊住宅情報」は販売部数、広告掲載数ともナンバーワンの 地位を確立した。

 リクルート社の独走を許してはならないとして、何年後かに、ある新聞社が「月刊住宅情報」に類似した コンセプトの「住宅誌X」を創刊した。「住宅誌X」はよく売れたのだが、意外にもすぐに休刊になった。 その理由がわかるだろうか。

 当時、次のようなウワサが流れた。

 ・・・「住宅誌X」がよく売れたのは、リクルート社のスタッフが書店や駅販売店で買い占めたためである。 ただし、彼らは同誌をまとめて捨ててしまったので、資料請求用の葉書が使われることがなかった。そのため、 資料請求が少ないとして、広告主であるマンションデベロッパー各社の評価は低く、結果として休刊に 追い込まれてしまった・・・。

 この一件は、私が実際に確認した訳ではなく、広告代理店の関係者からウワサとして聞かされた話である。 したがって、事実ではなく間違っている可能性もあるが、リクルート社の圧倒的な行動力を物語る「神話」として、 今でも忘れられない。

 2回目は、無料誌「住宅情報マンションズ」の2005年創刊である。それ以前は、「住宅情報STYLE首都圏版」 が有料で発行されていた。しかし、ユーザーの雑誌離れとインターネット普及により、発行部数が落ち込むだけで はなく、読者のかなりを業界関係者(マンションデベロッパー、販売会社、設計事務所、企画会社、広告会社) が占めるようになり、ユーザーに対する広告効果が大幅に落ち込んでいたといわれる。

 その対策として、有料誌「住宅情報STYLE首都圏版」を休刊し、無料誌「住宅情報マンションズ」に 切り替え、読者数(部数)を確保しようとしたものだ。販売収入を切り捨てようというのだから、 まことに大胆な発想である。

 しかし、その後に起こった事態は、リクルート社の「先見の明」を裏付けるものだった。

 2008年に始まった世界同時不況では、幅広い業界が深いダメージを受けている。新聞、雑誌業界でも事情は変わらない。 広告激減、インターネット普及による発行部数の落ち込みで、新聞各紙は赤字に苦しみ、有力誌の 廃刊も相次いでいる。各社は新しいビジネスモデルの創造に向けて、もがき苦しんでいる。

 それに対して、リクルート社は時代を先駆けるかたちで、無料誌「住宅情報マンションズ」、有料誌 「住宅情報 都心に住む」、ウェブサイト「住宅情報ナビ」という体勢に切り替え済みである。リクルート社だけに 集中するのは問題もあるが、先行してリスクを追った者が果実を享受するのは世の習いであろう。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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