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「斜め45度」の視点

2020年2月25日

第345回 集中連載⑭「羽田空港への新飛行ルート」がタワマンに及ぼす深刻な影響

 羽田空港を利用する「飛行機の発着数」を増やすために設定された、「新飛行ルート」の運用が、2020年3月29日から開始される予定です。

 「新飛行ルート」としては大きく、南風が吹いたときに利用される「主に東京都心の上空を通るルート」と、北風が吹いたときに利用される「主に千葉県の上空を通るルート」という、2つのタイプが用意されました。

 このうち「都心の上空を通るルート」は、南風が吹いている「15時(午後3時)から19時(午後7時)」までの4時間に利用されます。

 そしてルート上には、東京都品川区、目黒区、港区、渋谷区、新宿区、中野区、豊島区など、「住みたい街ランキング」の上位に登場する地名がズラリと並んでいるのが特徴です。

 このルートはさらに、「羽田空港のC滑走路を利用するコース」と、「A滑走路を利用するコース」に分かれています。

 国土交通省のウェブサイト、「羽田空港のこれから」のURL
  <https://www.mlit.go.jp/koku/haneda/>

【■■2月2日から「実機飛行確認」を開始】

 「新飛行ルート」の運用を前に、国土交通省は2月2日から、民間旅客機を活用した「実機飛行確認」を開始しました。実機確認では北風が吹いた場合と、南風が吹いた場合に分けて、それぞれ7日ずつ行います。

 そして東京都の新宿区、渋谷区、港区、品川区、大田区など15カ所、および神奈川県川崎市、埼玉県さいたま市、同川口市の各1カ所ずつで騒音を測定。その結果を、東京航空局のホームページで公表していきます。

 私はその「実機飛行確認」の様子 (2月2日)を、テレビの報道番組を通じて、詳しく観察することができました。

 当日は南風が吹いていたため、東京都心の上空を通って、羽田空港C滑走路に到着するルートが採用されました。

 各地の高度は「新宿駅1040メートル」、「広尾駅700メートル」、「大井埠頭340メートル」などとなっています。

 テレビを見た私の第一印象は、次のようなものでした。

 a.飛行機は初め、タワーマンションのはるか上空を飛行しています。そのため改めて、「東京の都心には、多くのタワーマンションが立っているなぁ」と感じました。

 b.羽田空港の方向に進むにつれて、飛行機の高度は少しずつ下がっていきます。その様子を見ていると、「ずいぶん、スレスレに飛ぶんだなあ。パイロットには、タワーマンションにぶつからないように、注意してもらいたい」と感じました。

 c.そして、羽田空港が近づくにつれて、タワーマンションの横を飛ぶような状態になってきます。そのため、「これでは、飛行機の中から、タワマンの住戸が丸見えになってしまうなぁ」と思いました。

 d.テレビの報道番組では、飛行ルートの真下に住む地域住民の声も紹介していました。「飛行機を身近に見ると、威圧感があります」「落下物があると怖いですね」

 e.タワーマンションの居住者の声も拾っていました。「部屋の中にいると、ずいぶんうるさいですよ。音に敏感な人は、住み続けるのが難しいかもしれません」

【■■都心の上空を旅客機が「2分に1便」というペースで通過】

 3月29日から運用される「新飛行ルート」のうち、騒音問題が特に深刻になるのは、「羽田空港のC滑走路を利用するコース」です。

 飛行機は東京の都心を通ります。注意しなければならないのは、「新宿→北参道→広尾→白金→羽田」ルートでは「1時間に30便程度」が飛行することです。「1時間に30便程度」とは、「2分に1便程度」ということになります。

 すなわち「午後3時から午後7時」までの4時間もの間、「2分に1便程度」という尋常ではないペースで上空を飛び続けることになるのです。

 その一方、「中野→代々木八幡→渋谷→恵比寿→五反田→羽田」ルートでは、「1時間に14便程度」なので、「4分30秒に1便」と少しペースダウンします。

 このとき、上空の飛行機は、どの程度の騒音(dB、デシベル)を出すのでしょうか。国土交通省のウェブサイト「羽田空港のこれから」は、次のように予想しています。

 滑走路から約17キロ離れた新宿付近──約63〜70dB
 滑走路から約12キロ離れた麻布・恵比寿・渋谷付近──約68〜74dB
 滑走路から約6キロ離れた大井埠頭・大井町付近──約76〜80dB

 このような騒音を、どのように受け止めればいいのでしょうか。

【■■「環境騒音」と「航空機騒音」の比較】

 国土交通省のウェブサイト、「羽田空港のこれから」には、次のようなデータも掲載されています。

 ①電車のガード下──100dB
 ②大声・騒々しい工場・パチンコ店──90dB
 ③幹線道際・掃除機・騒々しい街頭──70〜80dB
 ④街路沿いの住宅街──65〜75dB
 ⑤静かな事務所内──50dB

 これと比較すると、新宿付近の航空騒音(約63〜70dB)は、④街路沿いの住宅街(65〜75dB)レベルです。

 次に、麻布・恵比寿・渋谷付近の航空騒音(約68〜74dB)もまた、④街路沿いの住宅街(65〜75dB)レベルです。

 そして、大井埠頭・大井町付近の航空騒音(約76〜80dB)は、③幹線道際・掃除機・騒々しい街頭(70〜80dB)レベルです。

 ただし、話はこれだけではありません。より深刻なデータが存在するのです。

【■■等価騒音レベルというコンセプト】

 東京都環境科学研究所・応用研究所の須田忠明氏が執筆した論文、「都市部における騒音の新しい目安」には「等価騒音レベル」という新しいコンセプトが紹介されています。

 同論文のURL
 <https://www.tokyokankyo.jp/kankyoken_contents/research-meeting/h18-01/1805-pp.pdf>

 「等価騒音レベル」とは、「騒音のボリュームが波のように変化する事実」に着目して求めた、いわば「騒音の平均値」になります。

 そして、「航空機」「電車」「自動車」という音源別に比較すると、多くの人は「自動車や電車から出る騒音」に比べて、「航空機から出る騒音」の方が「耐え難い」と感じるそうです。

 そうすると、どういうことになるのでしょうか?

 国交省のデータでは、「新宿付近の航空騒音(約63〜70dB)は、④街路沿いの住宅街(65〜75dB)レベル」になっていました。

 しかし、等価騒音レベルというコンセプトを使用すると、「新宿付近の航空騒音(約63〜70dB)は、多くの人にとっては約20%増の数値(約75〜84db)の騒音に匹敵する」ことになるのです。

 すなわち、国交省「羽田空港のこれから」に示された、「③幹線道際(70〜80dB)と②騒々しい工場(90dB)の中間くらいの騒音に匹敵する」ことになるのです。

 つまり、「④街路沿いの住宅街」のレベルと思っていたら、実際には、「③幹線道際(70〜80dB)と②騒々しい工場(90dB)の中間」くらいのレベルに相当します。

 そして、そういう状態が「午後3時から午後7時」までの4時間に、場所によっては2分に1回のペースで繰り返されることになるのです。

 新ルートは東京都民にかなりの影響を及ぼすことは必至です。その結果、タワマンを初めとする不動産に深刻なダメージを及ぼすことになると思われます。

【■■国土交通省「羽田空港のこれから」に掲載されたQ&A】

 国土交通省のウェブサイト、「羽田空港のこれから」には、次のようなQ&Aも掲載されています。
 URL <https://www.mlit.go.jp/koku/haneda/>

 Q 不動産価値が下落するのではないですか。

 A 一般的な不動産価値は、周辺の騒音等の環境面や立地、周辺施設等の地域要因だけではなく、人口の増減等の社会的要因、財政や金融等の経済的要因、土地利用計画等の行政的要因、あるいはそもそもの需要と供給のバランスなど経済情勢を含めた様々な要素が絡み合い決定されます。

 さらに環境基準を満たす中であっても、音などの感じ方については個人差もあると考えています。

 このような中で、航空機の飛行経路と不動産価値の変動との間に、直接的な因果関係を見出すことは難しいと考えています──。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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