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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2017年6月27日

第252回歴史は夜作られる?──日本郵政による野村不動産HDの買収問題

 【第1幕】

 5月12日(金)の23時過ぎ、NHKが「日本郵政、野村不動産ホールディングス(HD)を買収へ」とするニュースを速報した。まさに「夜」のニュースである。翌13日(土)には、日本経済新聞を初めとする全国紙も一斉にこのニュースを伝えた。

 週明けの5月15日(月)、東京証券取引所市場では、野村不動産HDの株価が制限値一杯まで上昇した。株価が2000円~3000円の場合、1日の制限値(ストップ高またはストップ安)は500円までとされている。

 5月12日(金)の株価─2028円

 5月15日(月)の株価─2528円(500円、24.7%の上昇)

 【第2幕】

 それから約1カ月経った6月9日(金)の14時過ぎ、日経デジタル版が、「日本郵政社長、M&Aトーンダウンさせる」とする記事を掲載した。これは「日本郵政が野村不動産HDの買収をあきらめるかもしれない」という可能性を示唆したものである。

 となると、野村不動産HDの株価が、下落する可能性が大きい。しかし、東京証券取引所市場で株を取引できるのは午前(前場)は9時~11時30分で、午後(後場)は12時30分~15時までに過ぎない。

 すなわち、14時に「あきらめるかもしれない」という少し中途半端なニュースがあって、市場が閉じるまでにはあと1時間しかないのだから、株を売るべきなのかどうか判断に迷うかもしれない。

 よって、「M&Aトーンダウン」という記事の影響をきちんと見極めるためには、9日(金)だけではなく12日(月)の株価もチェックする必要がある。

 6月8日(木)の株価─2385円

 6月9日(金)の株価─2326円(59円安)

 6月12日(月)の株価─2313円(13円安)

 2営業日で「72円、3.1%の下落」なので、小さな影響で済んだことになる。

 【第3幕】

 続いて6月17日(土)の午前1時30分、日経デジタル版が「日本郵政の野村不買収が白紙に、条件折り合わず」とする記事を速報した。再び「夜」のニュースである

 ──日本郵政が検討していた野村不動産HDの買収交渉が白紙になる見通しとなった。不動産事業の強化をにらみ、野村不の開発ノウハウを取り込もうとしたが、条件面で折り合えなかったもようだ。直近では日本郵政による野村不の資産査定の手続きが止まっていた。日本郵政は買収で郵便事業の低迷打開を狙ったが、新たな対策を迫られる──。

 さらに、6月17日(土)の15時30分に、NHKが「日本郵政、野村不動産の買収交渉を中止」と報じて、日経デジタル版に続いた。6月17日は土曜日なので、当然のことながら東京証券取引所市場は開いていない。

 「週明けの6月19日(月)に、株価はどう動くのだろう」と思っていると、同日の午前9時28分、野村不動産HDから私の手元に、「当社の株式取得に関する一部報道について」と題する1通のプレスリリースが届いた。

 ──6月17日、一部の報道機関において、日本郵政株式会社が検討していた当社の買収交渉が中止になる見通しとなった旨の報道がなされましたが、本件は当社が公表したものではありません。

 当社と致しましては、当社の企業価値の維持向上の観点から、日本郵政による当社株式の取得について検討して参りましたが、今般、当該検討を中止することになりましたので、お知らせ致します──。

 これは、買収問題に関する野村不動産HDとしての、いわば「初めての声明」である。

 続いて午前10時34分、日経デジタル版が「日本郵政と野村不動産HD、買収交渉中止を発表」と速報した。

 ──日本郵政は19日、野村不HDの買収を巡り、「現時点において検討を行っている事実はない」とのコメントを公表。野村不HDも検討していたことを初めて公式に認めたうえで「中止することになった」と発表した──。

 この買収交渉の中止というニュースは、野村不動産HDの株価にどう影響したのだろう。

 

  6月16日(金)の株価─2447円

  6月19日(月)の株価─2111円(336円、13.8%の下落)

 買収交渉が表面化したとき、株価は1日の制限値である500円分だけ上昇した。それと比べると、今回は336円の下落に止まったので、野村不動産HDへのダメージは限定的だったことになる。

 【歴史は夜作られる】

 一連の動きを見て注目させられたのは、NHKあるいは日経新聞(日経デジタル版)が記事を掲載したタイミングである。

 第1幕(買収話の第1報)は金曜日の夜23時なので、東京証券取引所市場は開いていない。

 第2幕(日本郵政の「M&Aトーンダウン」というニュース)は金曜日の14時過ぎに流されたので、証券取引所市場が閉じる15時までにはわずか1時間のゆとりしかなかった。

 そして第3幕(「日本郵政の野村不買収が白紙に」というニュース)は、土曜日の午前1時30分(深夜)に流れたので、やはり証券取引市場は開いていない。

 「歴史は夜作られる」というコトワザがある。夜とは「見えない部分」という意味の暗喩で、「昼夜の夜」ではないとされる。

 しかし今回は、夜(東京証券取引所市場が閉じている時間帯)に記事が流され、昼(東京証券取引所市場が開いている時間帯)に株価が大きく変動するという経過をたどった。実に印象的である。

 【第4幕の可能性】

 今回の買収問題は第4幕を迎える可能性がある。その火種になるかもしれないのは、日経デジタル版6月15日付けの記事、「野村不の買収検討、日本郵政以外も、マンション会社にM&A旋風」が伝える、"日本郵政以外の会社"なのだが、さて。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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