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「斜め45度」の視点

2016年8月16日

第220回ヴィンテージマンション「タマゴの5条件、大人の8条件」

 ヴィンテージマンションという言葉を作ったのはトランジスタ代表の木村茂氏で、2004年3月2日にそれを初めて記事にしたのは筆者である。筆者は続いて2005年6月27日に、ヴィンテージマンションを詳しく定義する記事を執筆し、「ヴィンテージマンションを2段階定義──タマゴの5条件、大人の8条件」というタイトルをつけた。

 実はヴィンテージマンションと呼ばれるためには、合わせて13の条件をクリアしなければならないが、最近は「金額(坪単価)が高いマンションを、そのままヴィンテージマンションと受け取る」間違った風潮が見られるようになってきた。

 そのため、今回は11年前に書いた「ヴィンテージな記事」を、そっくりそのまま再現する。この記事は日経新聞のウェブサイト「旧・NIKKEI住宅サーチ」に掲載されたのだが、その後「新・住宅サーチ」に模様替えされた結果、今ではもう読むことはできない。

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ヴィンテージマンションを2段階定義

タマゴの5条件、大人の8条件

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 ◆初登場したのは2004年3月2日◆

 「ヴィンテージマンション」という最近少しずつ話題になり始めている言葉が、ジャーナリズムに初登場したのは2004年3月2日のこと。記事が掲載されたのは、皆さんが今読んでいるこの欄です。言葉を初登場させた人間の責任として、今回はヴィンテージマンションとはなんであるのかを、きちんと定義しておくことにします。

 ヴィンテージマンションとは、「ヴィンテージワイン」からの連想で作られた言葉です。ヴィンテージとは、ワイン用のブドウの収穫年のこと。収穫年には、いいブドウが取れた「当たり年」と、よくないブドウが取れた「はずれ年」があります。

 ブドウの産地ごとに、ブドウの質の良しあしを年別に表にしたのが「ヴィンテージ・チャート」です。チャートには5点満点、20点満点、100点満点といろいろなタイプがあります。

 筆者が手元に持っているチャートは5点満点タイプで、1は「不良作」年、2は「普通作」年、3は「良作」年、4は「優良作」年、5は「最優良作」年となっています。「最優良作」年は「グレートヴィンテージ」と呼ばれます。

 ヴィンテージワインとは、ブドウの出来が良かった年に作られた高級ワインのことです。熟成が遅く、飲みごろになるまで長くかかり、また寿命が長く、飲みごろの期間が長く続きます。

 ヴィンテージワインは3通りの方法で楽しめるといわれます。目で色を楽しみ、鼻で香りを楽しみ、口で味を楽しむのです。ほかに、「ボルドー5大シャトーのひとつ、ラフィット・ロートシルトの1986年ものは、入手がとても大変だったんですよ」などと、ワインにまつわる物語も楽しまなくてはいけません。

 ◆タマゴから大人に◆

 ヴィンテージワインはブドウの出来が良かった年に作られるのですが、それと同じようにヴィンテージマンションは建設されたときに、次の5条件を満たしている必要があります。これを「タマゴの5条件」と名付けましょう。

 定義1「ヴィンテージマンション──タマゴの5条件」

(1)ハイグレードなマンションとして作られている

(2)住まいとしての価値が高い

(3)デザインが優れている

(4)人気(ニーズ)が高い

(5)物語性がある

 マンションが竣工して少なくても10年たつと、タマゴという言葉が外れて、正式なヴィンテージマンションとして扱われることになります。これを「大人の8条件」と名付けましょう。

 定義2「ヴィンテージマンション──大人の8条件」

(1)竣工後、少なくとも10年以上過ぎている

(2)ハイグレードなマンションとして作られている

(3)住まいとしての価値が高い

(4)デザインが優れている

(5)時間がたっても、居住性が保たれている

(6)時間がたっても、資産価値が保たれている

(7)時間がたっても、人気(ニーズ)が高い

(8)物語性がある

 定義1と定義2を比較すると分かるのですが、タマゴとしてデビューしてから10年以上使われ、時間がたっても居住性、資産価値、人気(ニーズ)が保たれているという高いハードルを越えて、やっと大人のヴィンテージマンションと呼ばれるようになるのです。

 マンション分譲会社に、「新築のヴィンテージマンションがほしい」という注文があるそうですが、厳密にいうとこれは間違いです。新築マンションがほしいのであれば、正しくは「ヴィンテージマンションのタマゴがほしい」と注文しなくてはいけません。

 ◆言葉を作ったのは木村茂氏◆

 「ヴィンテージマンション」という言葉を初めて使い、このコラムで紹介されたことがあるのは、トランジスタ代表の木村茂氏です。トランジスタは東京・千代田区にあるアトリエ的な不動産会社ですが、その活動方針は極めてユニークで、「建築家と考える住まいのかたち」をキャッチフレーズにしています。すなわち、業務内容は土地・建物の仲介およびコンサルタントなのですが、そこに必ず建築家が関わっているのです。

 同社は「ヴィンテージマンション&アパートメント」と名付けたサービスメニューを持っています。ここでいうヴィンテージ物件とは、1960年代、70年代に作られ、デザイン的にいい味を出している建物を意味しています。

 単に古いのではなく、「古いからこそ味わいがある」建物を発掘し、建築家のデザインでリフォームし、新たな命を吹き込むのがトランジスタ流の「ヴィンテージマンション&アパートメント」です。つまり、どちらかといえば、定義2で示した8条件のうち、主に「デザインが優れている」に着目しています。

 「ヴィンテージマンションという言葉を創ったきっかけは、ドコモモの活動を知ったことです」(木村氏)。ドコモモ(DOCOMOMO)は、正式には「近代運動に関する建物、敷地、環境の資料化と保存の国際組織」といいます。1989年にオランダのアイントホーヘン工科大学のユーベール・ヤン・ヘンケット教授の提唱により設立され、2000年にはドコモモ・ジャパンが設立されました。

 ドコモモ・ジャパンは2000年1月に「文化遺産としてのモダニズム建築─ドコモモ20選」を選定し、引き続き2003年に「文化遺産としてのモダニズム建築─ドコモモ100選」を選定しました。

 ドコモモ100選は雑誌「カーサ・ブルータス(2004年 8月10日号、54号)」の特集「ニッポンのモダニズム建築100」に紹介されたので、覚えている人もいるかもしれません。集合住宅としては、「一連の同潤会アパートメントハウス」と「代官山ヒルサイドテラス第1期」の2作品が選ばれました。

 木村氏はビジネスを通じて60年代、70年代に建てられたモダンデザインのマンションに人気があることを実感。さらに、ドコモモを通じて建築界がモダニズム建築を再評価していることにも注目。新しい言葉を用意した方が、ムーブメントが広がりやすいのではないかと考え、「ヴィンテージマンション」という言葉を作ったのです。

 ◆代表例は広尾ガーデンヒルズ◆

 2004年1月16日付けの日経産業新聞および日経ネット住宅サーチ「マンションなるほどランキング」欄に、「中古価格上昇率、1位は広尾ガーデンヒルズ」と題した記事が掲載されました。筆者は私、細野透です。

 記事はこう伝えています──。分譲マンションの新築価格と中古価格を比べて、中古価格の方が高く、その上昇率が最も高かったのは「広尾ガーデンヒルズ・ウエストヒルIJK棟」(東京都渋谷区)でした。1985年当時の新築坪単価が262万円なのに対して、2003年の中古坪単価は361万円で、上昇率は37.8%に達しています。

 「広尾ガーデンヒルズ」は住友不動産・三井不動産・三菱地所が「広尾の丘」の6万6000平方メートルの敷地に建設。14棟の分譲マンション(総戸数1130戸)と1棟の賃貸マンションで構成されています。

 都心の人気エリアに位置し最寄りの地下鉄・広尾駅から5分という「好立地」、緑豊かな敷地に住棟がゆったり配置された「好環境」、大手ゼネコンの清水建設・大林組・大成建設が競うようにして実現した「高グレード」と三拍子そろったことに加え、管理やセキュリティーが手厚いことでも知られています。資産デフレの時代になおキャピタルゲインが望める物件としての地位を保っています──。

 広尾ガーデンヒルズは、1985年に「タマゴの5条件」を満たしてデビューし、20年たってから「大人の8条件」を満たしたヴィンテージマンションとして、改めて脚光を浴びることになったのです。

 ◆広めたのはムック「都心に住む」◆

 この記事にヒントを得て編集されたと考えられるのが、ムック「都心に住む(2004年10月1日発行、19号、リクルート社)」の特集「ヴィンテージ・マンション」です。特集では、「資産たり得る名作のマンションの条件、広尾ガーデンヒルズはなぜ別格なのか」と題して、日経産業新聞のデータを引用する形で記事をまとめています。この特集が、ヴィンテージマンションという言葉を広める大きな原動力になりました。

 スクラップ・アンド・ビルドの時代から、エコロジーの時代に移った現在では、古い建物を長く使っていく必要があります。せっかく、ヴィンテージマンションという座りのいい言葉が作られたのですから、今後、丁寧に育てていかなくてはいけません。

 その際には、「将来を見据えていいタマゴを作る」、「熟成したヴィンテージマンションを大事に使う」という複眼思考で臨みたいものです。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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