リアナビ

スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2009年6月22日

第7回 住宅業界の「アリとキリギリス」

 2009年は住宅不況に泣かされる年となったが、同時に住宅づくりの根幹に関わる 「住宅3法」が施行された年でもあった。4月1日に「改正省エネ法」、6月4日に 「長期優良住宅法」が施行され、10月1日には「住宅瑕疵担保履行法」が施行される。

 住宅3法の意味を理解するには、法の体系について知っておく必要がある。

●建築づくりに関する主な法律
・建築基準法○ 義務
・ハートビル法(現、バリアフリー新法)△ 努力義務・適合義務
・省エネルギー法△ 努力義務・届出義務


●住宅づくりに関する主な法律
・品確法× 義務ではない
・長期優良住宅法× 義務ではない
・住宅瑕疵担保履行法○ 義務


 まず第1に、「絶対に守らなければならない義務がある法律」(○印)、「努力したり、基準に適合させたり、 届け出たりする、緩やかな義務がある法律」(△印)、「義務がない法律」(×印)と、性格の違う3種類の 法律があることに注意したい。

 第2に、住宅に関する法律が、「建築基準法→ 品確法→ 長期優良住宅法」という順に整備されてきた ことである。建築基準法は、建築に関する「最低の基準」を定めた法律だった。いつまでも、「最低の基準」 だけで満足するのは情けないとして、住宅に関してより「高い目標」を掲げたのが、 2000年4月1日に施行された品確法(住宅の品質確保の促進等に関する法律)である。

 品確法では、住宅性能表示制度の中に、等級1(最低レベル=建基法と同等)から等級3~等級5程度の メニューを用意した。しかし、住宅業界では等級1レベルを選択する例が多く、高い性能を持つ住宅は 期待されたほどには普及しなかった。

 「フローからストックへ」という大義名分を掲げて、その現状を打開しようとしたのが長期優良住宅法である。

<長期優良住宅法の骨子>
(1)耐久性(品確法・劣化対策等級3を確保)
(2)耐震性(耐震等級2を確保)
(3)維持管理(維持管理対策等級3を確保)
(4)バリアフリー性(高齢者等配慮対策等級2・3の中間を確保)
(5)省エネルギー対策(省エネルギー対策等級4を確保)
(6)可変性(間取り変更に配慮、躯体天井高を確保)
(7)居住環境(地域の住環境に配慮)
(8)住戸面積(下限はおおむね55平方メートル)
(9)維持保全(定期的な点検、維持保全計画の策定)

 このように、(1)~(5)は品確法の高レベル等級をそのまま導入した内容になっている。 また、住宅3法の改正省エネ法、住宅瑕疵担保履行法にも密接にリンク。長期優良住宅法の(5)省エネルギー対策では、 改正省エネ法が定める「次世代省エネルギー基準」をおおむね満たすよう求めている。また、(9)維持保全では、 図面を中心とした住宅履歴の整備と保存が求められるが、この図面は住宅瑕疵担保履行法に基づく 瑕疵担保責任保険の加入の際にも必要だ。

 長期優良住宅法に関しては、戸建て住宅分野では、大手のハウスメーカーから中小規模の工務店まで、 総じて熱心に取り組んでいる。しかし、マンション分野では、熱心に取り組むデベロッパーは極めて少数だ。

 これで思い出すのは、品確法が導入されたとき、マンションデベロッパーの取り組みが遅れたこと。 業界の雰囲気は、「余分なコストのかかる品確法など必要がない」というものだった。

 今振り返ってみれば、姉歯元建築士が耐震偽装に手を染めたのも、「建築基準法が定める『最低の基準』を 満たせば十分」とし、性能向上を軽視していた業界の雰囲気に後押しされた面があったからではなかったか。 姉歯事件以降、デベロッパー各社は雪崩のように一斉に品確法・住宅性能表示制度の導入に踏み切ったが、 いささか遅きに失した感がある。

 品確法は「×印」の法律であるし、今回の長期優良住宅法も「×印」の法律なので、 法律的には対応する義務はない。しかし、ユーザーは、マンションデベロッパーがあげる 「余分なコストがかかるから」という理由に、納得してくれるだろうか。

 ハウスメーカーとマンションデベロッパーの対応を比較すると、いろいろなたとえ話が浮かんでくる。 ひとつだけ選ぶとすると、ぴったり当てはまるのはイソップ物語の「アリとキリギリス」である。


(参考資料)
 ・日経ホームビルダー2009年7月号特別編集版
 ・「住宅3法現場対応マニュアル」

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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