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「斜め45度」の視点

2016年7月5日

第216回マンションの工期が1.2倍~1.4倍に延びる?

 建築専門誌「日経アークテクチュア」5月26日号に、マンション関係者にとって"必読の記事"が2本掲載された。すぐに引用するのは同誌の売り上げに関わるので、少し間を置いて、7月に入ってから紹介することにした。

 1本目の記事は特集「全棟建て替えの衝撃」が伝えた、「事業者も受注者もリスクが拡大、マンション受注を敬遠する動きが加速する」という指摘だ──。

 安定的な工事受注を望む建設会社にとって、大型物件の恒常的な発注者であるデベロッパーは上客中の上客だ。その力関係を利用して、デベロッパーが厳しい工期やリスク転換を要求する、片務的な内容の請負契約を結ぼうとしても不思議はない。

 国土交通省は2011年8月、「発注者・受注者間における建設業法令遵守ガイドライン」を策定。両者を対等な関係にしようと意図したが、実際には対等にはならなかった。

 しかしマンションの坪当たり工事単価は、東京都の場合、2011年度は62.7万円だったが、2015年度には102.3万円(63%増)とついに100万円の大台を突破した。

 消費者物価や金利が低い水準で推移しているなかで、工事単価が高騰しているのは、受注者側が強気の姿勢に転じているからと思われる。

 

 大手建設会社では最近、工事現場で週休2日制の導入が始まっている。これを単純計算すると、以前なら10カ月で済んでいた工期が、12~14カ月に伸びる計算になる。さらに2020年の東京オリンピックをにらんで、状況はさらにひっ迫してきた。

 そういう状況の中で発覚した傾斜マンション問題で、三井不動産グループは「全棟建て替え」を表明した。その結果、まずマンションデベロッパーのリスクが高まった。

 三井不動産グループはまた、「建て替え工事や住民補償にかかる費用はすべて施工者に求償する」と表明した。その結果、マンション工事を受注する準大手や中堅クラスのリスクが高まった。

 

 そうなると、デベロッパーおよび建設会社のマンションに対する緊張感は、高まらざるを得ない──。

 充実した特集なので、ぜひ同誌を購入して、一読していただきたい。

 2本目の記事は定期コラム「先読みコスト&プライス」。その中で、「人件費高騰で修繕費は3割上昇、修繕費見据えた設計が重要に」と指摘している。

 オフィスビルの建築工事費は、10年前と比較して約28%上昇したのに、修繕費は約33%も上昇した。今後10年を試算するとその差はより鮮明になる。2015年?25年の新築費の上昇率が約19%であるのに、修繕費は約32%上昇する。

 過去10年──修繕費上昇率÷新築費上昇率=約1.18倍

 今後10年──修繕費上昇率÷新築費上昇率=約1.68倍

 残念ながらマンションに関する試算はなかったが、修繕費が上昇する傾向は変わらないと思われる。

 すると問題になるのは、マンションデベロッパーが販売時点で設定する、修繕積立金である。この設定額は実際に必要となる額よりはるかに低いため、マンション管理組合が対応に苦労するケースが続出している。「先読みコスト&プライス」は、今後はそれがさらに加速する、と警告しているのである。

 工事費と修繕費の上昇は、マンションデベロッパーと建設会社に、深刻な影響を及ぼしかねない。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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