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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2011年7月12日

第36回既存擁壁"厳格化時代"の「必須7項目」

 東日本大震災による地盤の被害として、首都圏では「液状化現象」に注目が集まっているが、もうひとつ忘れてはいけないのが、仙台市や福島市をはじめとする丘陵地の造成地で多発した「地滑り被害」である。その被害を減らすためには、少なくとも新規建設に際しては、既存擁壁の安全性の確保に、より一層の努力を払う必要がある。

 この数年、強度が不明な既存擁壁の取り扱いを厳格化する特定行政庁が、着実に増えている。全国の特定行政庁のうち、確認申請と既存擁壁について、現時点で最も分かりやすい資料を公開しているのは、長崎県である。

 長崎県土木部建築課が作成した「建築確認申請手続きの取扱い」には、次のように明示されている。「既存の擁壁および人工法面について、安全性が確保されていないものは、建築基準法第19条4項に違反するとして、確認申請時に『不適合』と判断する」。

 このうち、建築基準法第19条(敷地の衛生および安全)4項 は、「建築物が、がけ崩れ等による被害を受けるおそれのある場合においては、擁壁の設置その他安全上適当な措置を講じなければならない」と規定した条項である。

 第19条4項は、分かりやすくいうと、「既存擁壁は安全でなければならないこと」「新設される擁壁は建築基準法施行令第142条が定める基準に従わねばならないこと」の2点を求めている。

 それでは、「既存擁壁が安全であること」は、どうやって証明すればいいのだろう。東京都大田区建築審査課は、「既存擁壁の安全性を証明する書類」として、「維持管理が良好であることを示す証明書」および「確認済証・検査済証」を指定している。

 また、福岡市建築審査課は、「既存擁壁の安全性を証明する書類」として、「検査済証(構造計算および適切な施工)」「外観状況チェックシート(外観調査で異常なし)」「建築物基礎の立ち下げ書類(構造上不利な影響なし)」を指定している。

 これらをまとめると、「既存擁壁の安全性を証明する書類」としては、「検査済証と確認済証」「強度証明書」「擁壁調査報告書」の3点が必須になる。

 逆に言うと、検査済証と確認済証がなければ違反擁壁と見なされ、強度証明書がなければ危険と見なされ、擁壁の状態が悪ければ危険と見なされることになる。そして、確認申請時に「不適合」と判断される。

 長岡造形大学教授の江尻憲泰氏による解説記事、「既存擁壁に直面したとき確認すべき点と解決策」(日経アーキテクチュア2010年4月12日号)を、7項目にまとめて要約してみよう。

(1) 建築設計者にとって、地震以上に悩ましい存在といえるのが、既存擁壁だ。

(2) 敷地内であれ、隣地であれ、既存擁壁の調査は設計前にできるだけ入念に行うべきだ。

(3) 強度を示す資料がなければ、築造し直すなどの対策を求められるかもしれない。

(4) 既存擁壁が隣地にあると問題は複雑になる。

(5) 劣化が激しければ補強や改修を求めたいところだが、隣地所有者においそれと納得してもらえるものでもない。

(6) 設計を変更したり、敷地内に別に擁壁や柵を設けたり、既存擁壁の崩壊を想定して対策を考えなくてはならない。

(7) 判明した情報をいち早く発注者に伝えることで、既存擁壁を巡ってトラブルが発生したときの責任回避にもつなげられる。

 これは、いわば既存擁壁の扱いが厳格化された時代における、「必須7項目」に相当する。江尻教授の記事は設計者向けに執筆されたものだが、当然ながら、事業者(建主)としても重く受け止めなくてはならない。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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