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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2018年3月6日

第276回放置される渋谷駅問題─「駅まで7289m」「徒歩65分」「渋谷駅まで乗り換えなし」

 『不動産の表示に関する公正競争規約』は、物件を広告する場合には、最寄駅の名前および駅からの徒歩時間を明記しなさいと定めている。しかしながら、この規約は必ずしも守られていない。

 そのため、首都圏不動産公正取引協議会は2014年9月に、「交通の利便の表示に関する周知方のお願い」と題する通知を出した。内容を要約する。

 (1)不動産情報サイトで、「JR山手線・渋谷駅」を最寄駅として、賃貸物件を検索してみた。

 (2)すると、所在地が「東京都調布市若葉町」、最寄駅が「京王線・つつじヶ丘駅から徒歩6分」という物件が検索された。

 (3)しかしながら、画面には、「JR山手線・渋谷駅・徒歩99分」と記されていた。

 (4)消費者が「JR山手線・渋谷駅」と入力したにもかかわらず、このような物件をヒットさせるのは、消費者を誤解させる行為であり、不動産業界の信用を失墜させる行為でもある。

 (5)よって、今後は最寄駅ではない駅の名前や徒歩時間などを、不動産情報サイトに掲載しないように周知徹底してほしい。

 それからすでに約3年半。この通知は守られているだろうか? 

 「リクルート住まいカンパニー」が運営している不動産情報サイト、「SUUMO」を使って実情を調べてみた。なお同社は、「首都圏不動産公正取引協議会」が組織した、「ポータルサイト広告適正化部会」の有力メンバーである。

 検索に使った条件は、「東京都/渋谷駅/賃貸マンション、賃貸アパート、新築マンション、中古マンション」である。要するに「渋谷駅周辺の物件」に限定した。

 しかしながら、表示された約7800件をざっと調べると、次の3タイプに分かれた(下表)。

 JR山手線は、五反田駅→目黒駅→恵比寿駅→「渋谷駅」→原宿駅→代々木駅→新宿駅と走る。

 この山手線を例に、3つのタイプに分けて考えて見よう。

 (A)最寄り駅が「渋谷駅」の物件、には何の問題もない。

 この種の物件は全体の50%程度と思われる。ただし、検索結果(約7700件)は、100件ずつ77画面に分かれて表示されるため、50%程度という数字はバサッと眺めた推定値(印象値)である。

 〈B-1〉最寄り駅が「渋谷駅」の隣駅──恵比寿駅、原宿駅

 恵比寿駅と原宿駅の物件は「合格○」と判断できる。物件の側から見て渋谷駅と恵比寿駅がほぼ等距離、あるいは渋谷駅と原宿駅がほぼ等距離、という場合があるからだ。この種の物件は全体の25%程度と思われる。

 〈B-2〉「渋谷駅」から2駅以上──目黒駅から先、代々木駅から先

 通勤や通学の便を考えたとき、「渋谷駅」から2駅以上、すなわち目黒駅から先、あるいは代々木駅から先の物件は、多くの人が「違反×」と判断するに違いない。

 この種の物件は、まことに遺憾なことに、全体の25%程度を占めていると思われる。

 その中から、首都圏不動産公正取引協議会が出した「交通の利便の表示に関する周知方のお願い」を無視するかのような、特に大胆なケースをピックアップしてみた(下表)。

 【 渋谷駅まで乗り換えなしで行けます 】

 東武伊勢崎線「曳舟駅」から徒歩6分の物件(住所は墨田区東向島5丁目)。同駅から渋谷駅まで「乗り換えなし」で約35分かかる。合計41分。  渋谷駅まで「乗り換えなし」という手法を使えば、JR山手線の全駅、東急東横線の全駅、東京メトロ銀座線の全駅などが当てはまることになる。極めて悪質である。 【 渋谷駅まで7289m 】 

 京王線「桜上水駅」から徒歩6分の物件(住所は杉並区下高井戸4丁目)。同駅から渋谷駅まで電車で約20分かかるので、合計では26分になる。仮に物件から渋谷駅まで、7289mの距離を分速80mのペースで歩いたとすると、91分かかる。

 【 渋谷駅まで徒歩65分 】

 京王線「明大前駅」から徒歩8分の物件(住所は世田谷区松原5丁目)。同駅から渋谷駅まで電車で約10分かかるので、合計では18分になる。仮に物件から渋谷駅まで、約5200mの距離を分速80mのペースで歩いたとすると、65分かかる。

 【 渋谷駅までバス30分 】

 東急田園都市線「二子玉川駅」から徒歩6分の物件(住所は世田谷区玉川3丁目)。ただし同駅から渋谷駅まで、東急バスで約40分かかるので、合計では46分になる。つまり「渋谷駅バス30分」というキャッチコピー自体も、怪しげなのである。

 【 等々力駅から徒歩16分 】

 東急大井町線「等々力駅」は、渋谷駅から東急東横線で6駅目の自由が丘駅まで行って、同駅で東急大井町線に乗り換えて3つ目の駅で、渋谷駅からは約20分かかる。その等々力駅から、さらに徒歩16分の物件である(住所は世田谷区深沢5丁目)。合計36分。

 私は大学院生だったとき、この等々力駅から徒歩7分くらいの賃貸アパートに住んでいた。当時はインターネットが存在しない時代だったので、「ダマされないで済みました・・・」。

 それにしても、「SUUMO」はこんな物件をなぜ掲載するのだろう。なお、この5ケースに関しては、証拠を残す意味で、検索結果を保存している。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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