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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2022年9月6日

第407回 大和ハウスグループの「新マンション学」❶「マンションみらい価値研究所」が「修繕積立金の値上げパターン」を調査

 大和ハウスグループは、「マンションみらい価値研究所」と名付けられた、とてもユニークな研究所を擁しています。

 私はこの「マンションみらい価値研究所」が、何らかの研究レポートを公表した時には、いつも詳しく読み込むことにしています。その理由は、「優れた内容のレポートが多いため、建築&住宅ジャーナリストとして、参考になるケースが多いから」です。

 最近、「マンションみらい価値研究所」のウェブサイトを隅々までチェックしていた時、久保依子所長が次のような「メッセージ」を発していることに初めて気がつきました。その要点をまとめましょう。

 ◆マンションは「建物の高経年化」、「居住者の高齢化」、「就労者の高齢化」などが進み、さらに今後増加するであろう「建替えや敷地売却決議」をどのように乗り越えていくかなど、困難な問題が山積しています。

 ◆マンションの抱えるこうした課題をみなさんと共に考え、マンションの明るい未来を創造していくために、「マンションみらい価値研究所」を設立いたしました。

 ◆マンションはコンクリートの塊ではありません。そこに住む人々の生活があり、人生があります。私たちは約40年にわたり、マンションと共に歩んでまいりました。

 ◆この経験を活かし、マンションにかかわるすべての方のために、調査研究活動やコラムによる情報発信などを通じて、様々な課題解決に向けて取り組んでまいります。

 URL<https://www.daiwalifenext.co.jp/miraikachiken/guide/index.html>

[■■] 「修繕積立金の値上げ」が議案になったケース約2500件を調査

 「マンションみらい価値研究所」は2022年7月14日付けで、とても興味深い資料を公表しました。

 ◆資料のタイトル
 管理組合は修繕積立金を値上げできるか。
 ~積立金の値上げ議案に対するネガティブな質疑の6類型~

 URL<https://www.daiwalifenext.co.jp/miraikachiken/report/220714_report_01>

 ◆初めに、以下のような「問題意識」が記されています。

 管理組合の「修繕積立金不足」が問題になって久しい。積立金不足を解消するには、積立金を値上げする必要があるが、総会で可決するのはなかなか厳しい議案のようである。

 管理組合の理事の多くは輪番制である。積立金の値上げ議案が審議される総会では、区分所有者から多くの質問が出る。多くの人は、自分が理事長になった年に、積立金の値上げをしたくはないだろう。そのため、この議案の上程には及び腰になると想定される。

 「積立金の値上げ議案に関する質疑応答の傾向」をまとめたものは、筆者の知る限り存在しない。こうしたことから、理事長の不安を解消する手段はなく、積立金の値上げ不足の対応はますます後手になっていく。

 ◆次に、最近行われた調査の様子が説明されています。

 2015年8月から2021年7月までの6年間に、「積立金の値上げを総会の議案とした1694組合・3316議案」のうち、無作為に1086組合(調査率64%)、2531議案(調査率76%)を抽出して、その内容を調査・分析した。

 そして、この分析結果をベースにして、「値上げに対してネガティブな意見を述べた、区分所有者の発言内容を分類」。その分類に基づいて、「適切な積立金の値上げについて、合意形成を図るにはどのようにしたらよいかを考察」し、総会前に準備できる「質疑応答への対応策」をまとめた。

[■■]質疑応答の詳細

 ①質疑応答の有無
 積立金の値上げ議案について、議事録に「特に質疑応答はなく、原案通りに可決された」等の記載がある議案は483件(19%)だった。

 しかし、その一方では、「何らかの質疑応答がある議案」は、実に2048件(81%)に達した。

 ②ネガティブな質疑の6類型
 質疑は、「議案に対して、どのような立場で発言されているのか」により、分類することができる。特に値上げに対するネガティブな発言では、同じ質疑の内容でも、「誰に向けられた質問や意見なのか」、「どのような質問形式なのか」によって、それを受けた議長や議長の指名する者の回答が異なっている。

 こうした質疑応答の形式について分析したところ、以下の6類型に分類されることが分かった。
 『自己主張型』
 『理事会批判型』
 『管理会社批判型』
 『売主批判型』
 『他者代弁型』
 『代替案提案型』

 ③「ネガティブな質疑の6類型」と「他の区分所有者への影響
 まず『自己主張型』は、議事録の文脈から発言者本人の「怒り度」は伝わってくるが、具体的な根拠がないことから、その後の総会の審議において、他の区分所有者がその発言に追随する可能性は低いだろう。

 次に、『理事会批判型』、『管理会社批判型』、『売主批判型』は、いずれも他者に対する非難を軸とする発言である。

 そのうち『管理会社批判型』は「怒り度」が高く、他の区分所有者がそれに追随する傾向がある。総会の場に出席している中で、「値上げ」という共通の問題に対し、管理会社だけが部外者であり、かつ企業と顧客という関係の中で「批判しやすい」存在であることが拍車をかけているのだろう。

 そして『理事会批判型』は、理事長から質疑に対して丁寧な説明がされれば、そのまま終了してしまうことが多い。同じ区分所有者同士でもあり、面と向かってはなかなか言いにくいということもあるのだろう。

 続いて『他者代弁型』は、『自己主張型』の主語を、「私は」から「他の区分所有者の方は」に変換した形である。

 「高齢の方は」「厳しいご家庭の方は」等、別の立場を代弁する形で発言をしているため、「怒り度」は伝わってこない。一方で、他の区分所有者を主語としながらも、実際は、本人の隠れた本音を第三者的に発言している可能性もある。

 最後の『代替案提案型』に基づく発言は、他の区分所有者にも強く影響していると考えられる。代替案の実現可能性が高く、建設的な提案である場合は、その後の総会も建設的に終了している。

 しかし、「非現実的」か、「実現できるにしても相当の時間を要する提案である場合」は、話がまとまりにくくなる。そして議案の審議が他の方向に進んでしまい、結果として決議しなかったり、否決されてしまったりするケースもある・・・・・。

 以上のように、実に奥深い議論が展開されているのです。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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