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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2019年10月22日

第327回 大地震や大水害に直面したときの「分譲マンション居住者の2段階作戦」とは

 2019年10月中旬に日本列島を襲った台風19号は、タワーマンションの街「武蔵小杉」にも、大きなダメージをもたらした。

 台風に伴う豪雨によって、街の東側を流れる多摩川が一気に増水。その影響で多摩川を流れる水が排水管を逆流。武蔵小杉駅周辺の低地に噴出して、何棟かのタワーマンションの地下に流入してしまったのである。

 そのため、マンションの地下にあった配電盤が故障して、停電が発生。多くの住戸で、電気・水道・下水道を使用することができなくなった。それに加えて、エレベーターもストップ。高層階の住民は自分の足で、階段を上り下りしなければならなかった。

 これは何を意味するのか。今後、大地震や大水害が発生した場合、分譲マンションの居住者は「2段階作戦」で耐えなければならないのである。

■■■論文「分譲マンションの生活継続力評価手法」

「2段階作戦」とは何か。地域安全学会論文集(2016年11月)に掲載された、「分譲マンションの生活継続力評価手法」と題する論文のエッセンスを紹介しよう。筆者は清水建設・技術研究所の村田明子氏、および清水建設・技術戦略室の山田哲弥氏である。

 まず、図1を見ていただきたい(添付した画像は、すべて上記論文からの引用)。


 図1は、「東日本大震災での被災マンションにおける発生リスクとリスク軽減のための対策」である。まず、図の左上部にある、「発生時リスク」という個所を眺めてほしい。

 ①地震が発生すると、「建物構造・壁・天井」などが被害を受け、居住者に「負傷リスク」が発生する。

 ②共用廊下が被害を受け、玄関ドアが変形し、家具が転倒し、エレベーターが停止すると、居住者に「閉じ込めリスク」あるいは「避難リスク」が発生する。

 ③そのため「安否確認」「避難誘導」「救助・救護」などの【初動対応】が必要になる。

 次に、図の中央上部にある、「在宅継続リスク」という個所を眺めてほしい。

 ④エレベーターが停止すると、「在宅に伴う移動困難リスク」が発生する。

 ⑤停電・ガス停止になると、「在宅に伴う停電リスク、ガス停止リスク」が発生する。

 ⑥そのため「ライフライン維持」「生活情報伝達・共有」などの【生活継続活動】が必要になる。

 図1の特徴は、以上のように、地震発生時のリスクに対応する【初動対応】と、被災した後の在宅リスクに伴う【生活継続活動】という、2種類の活動に分けている点にある。

 なお赤い色で示された、「負傷、閉じ込め、避難、火災、混乱発生、情報不全、移動困難、停電、ガス停止、断水、排水不全、寝食困窮」という12のリスクを覚えておいてほしい。この12のリスクは、図3にもう1度出てくる。

■■■大地震発生後に一番心配なこと

 次に図2を見ていただきたい。


 図2は全国の分譲マンション居住者を対象に、「大地震発生後に一番心配なこと」について、自由記述形式のアンケート調査を実施した結果である(有効回答3092票)。

 上位には、「停電、建物倒壊、断水、住めなくなる、家族安否、火災、ライフライン(停電・断水等)、家族連絡、トイレ、負傷、水食糧、命」など、切実な項目が並んでいる。

■■■居住者意識に基づくリスク種類の分類

 図3もまた、アンケート調査の結果である。


 図3は、図2「大地震発生後に一番心配なこと」に含まれる45項目を、図1に赤い色で示した「負傷、火災、閉じ込め、避難、情報不全、混乱発生、停電、断水、排水不全、ガス停止、移動困難、寝食困窮」という前述した12のリスク、および「家族安否、家族連絡、帰宅困難、復旧・コスト、資産・・・」に集約した結果である。

■■■「大水害」をテーマにした新たな研究に期待

 清水建設の村田明子氏と山田哲弥氏が執筆した論文「分譲マンションの生活継続力評価手法」は、大地震に備えるためには、地震発生時の「初動対応」と、地震が収まった後の「生活継続活動」の2段階に分けて分析した方が分かりやすい、というコンセプトでまとめられている。

 確かに、大地震や大水害など深刻な災害が発生した場合、大都市では避難所の数が限られているため、分譲マンションの居住者は「在宅したままでの生活継続」を行政サイドから迫られるケースが多いという現実を見ると、「初動対応」「生活継続活動」の2段階に分ける方法には説得力がある。

 村田明子氏と山田哲弥氏には、これまで研究してきた「大地震」に続いて、今後は「大水害」をテーマにした研究に着手してもらえればと思う。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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