リアナビ

スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2009年4月23日

第5回 「震度7に耐えられますか?」

  新築マンションや戸建て住宅を販売していて、ユーザーに「震度はいくらまで耐えられますか?」と 質問されたとき、どのように答えれば正しいのか知っているだろうか。耐震等級1レベル(建築基準法レベル)の住宅の場合には、 「建物の構造は震度6強には耐えられます」とするのが正解である。

 1981年(昭和56 年)に建築基準法が改正され、現行の「新耐震基準」が施行された。 この新耐震基準が要求しているのは、分かりやすく表現すると、「震度6強程度の地震が来ても建物が倒壊しないこと」。 換言すると「震度6強程度の地震でも、建物の中にいる人は死亡しないこと」である。

 高さ60メートル以上のタワーマンションなどでさえ、構造設計に使う模擬地震動の大きさは震度6強程度で、 震度7クラスの地震動を使うケースは少ないのが実情である。したがって、上記のQ&Aが模範解答ということになる。

 続いて、「震度7に耐えられますか」と聞かれたらどうだろうか。「ある程度の被害を受けるかもしれませんが、 崩壊や倒壊はしないと考えています」と答えるしかない。そして、この解答は半分は正しいが、半分は間違っている。

 そう考える根拠となるのは、政府の中央防災会議が大地震時の被害想定に使用する、 新耐震基準にしたがって設計された建物の「全壊率データ」である。 これには、木造建物と非木造建物(鉄骨造、鉄筋コンクリート造など)の2種類がある。

木造建物の全壊率
計測震度6.5 全壊率15%
計測震度6.6 全壊率21%
計測震度6.7 全壊率30%
計測震度6.8 全壊率36%
計測震度6.9 全壊率46%
計測震度7.0 全壊率54%

非木造建物の全壊率
計測震度6.5 全壊率6%
計測震度6.6 全壊率8%
計測震度6.7 全壊率10%
計測震度6.8 全壊率13%
計測震度6.9 全壊率17%
計測震度7.0 全壊率22%

 この表にある計測震度6.5~7.0までは、すべて「震度7」となる。例えば、鉄筋コンクリート造のマンションだとすると、 計測震度7.0では全壊率22%となっている。すなわち、78%のマンションは全壊を免れるので、 上記の解答は「半分は正しい」ことになる。

 しかし、残り22%のマンションは全壊してしまう。さらに、震度7は青天井で上限がないので、 東海地震・東南海地震・南海地震などの海洋型巨大地震が連続的に発生すれば、計測震度が7.1とか7.2になる可能性も 否定しきれない。そのとき、全壊率はすさまじい数字に跳ね上がるはずである。したがって、解答は「半分は間違い」ということになる。

 気象庁は3月31日から、新しい「震度解説表」の運用を開始した。震度解説表とは、地震の震度ごとに、予想される揺れ方や 被害の目安を示したもの。そこには概ね次のように書かれている。

 「震度7では、新耐震基準による木造建物はまれに傾くことがある。新耐震基準による鉄筋コンクリート造建物は、 1 階あるいは中間階が変形し、まれに傾くものがある」。

 この記述が半分正しく、半分間違っていることはすぐに分かる。ただし、『まれに傾く』という表現が、ユーザーに誤解されて、 「大部分は大丈夫なのに、わが家は『まれに傾いて』しまった。これは、建築基準法に違反した欠陥建築だったためではないか」、 と受け取られる危険性もある。したがって、「震度解説表」を引用するのは、賢い方法とはいい難い。

 さらに付けくわえるのなら、品確法に耐震等級2(建築基準法の1.25倍の強度)、耐震等級3(建築基準法の1.5倍の強度)があるのは、 耐震等級1(建築基準法と同レベルの強度)だけでは心もとないからだ。大手住宅メーカーのプレハブ戸建て住宅では 耐震等級3が主流になっているのに、マンションでは今なお大半が耐震等級1止まりであるのは、 耐震技術先進国の日本としては情けないことだと思う。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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