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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2016年1月19日

第199回傾斜マンション説明会で横浜市の課長が立ち往生した理由

 「パークシティLaLa横浜」管理組合が、住民向けに初めて開催した昨年12月の説明会では、3人の講師が招かれた。横浜市建築局の課長、管理組合の顧問弁護士、『耐震偽装』(日経新聞社)の著書を持つ私である。このうち横浜市の課長だけが、説明会に参加した複数の住民から厳しい質問を浴びて、立ち往生してしまった。

 それはなぜか。三井住友建設が11月下旬に、建物が傾いた西棟に関して、「杭が支持層に届いていない6本と、杭の根固め部のセメント量が偽装されていた4本が、建物を支持していないと想定して構造計算した結果、震度7の揺れでも倒壊の恐れはないことを確認した」とする報告を行い、横浜市もその報告を受け入れたからである。

 住民はこんな質問を浴びせた。

 「震度7といっても漠然としている。加速度でいうと何ガルなのか?」。

 「横浜市は西棟が建築基準法に違反していなかったと認めるのか?」。

 「杭が支持層に届いていないのに横浜市は西棟を安全と認めるのか?」。

 具合が悪いことに、横浜市の課長は構造に詳しくない人で、質問に適切に答えることができないために、住民を納得させられなかったのである。その後に登壇した私は次のようにフォローした。

 三井住友建設が行った構造計算は、西棟の安全性を証明した、というものではない。東洋ゴム工業による免震装置偽装事件でも、東洋ゴムは「震度7の揺れでも倒壊の恐れはないことを確認した」とする報告を行ったが、実際には国土交通省の指導を受けてすべての免震装置の交換を義務づけられた。

 かつて耐震偽装事件が発覚した後、姉歯元建築士が設計したマンションは、耐震強度が基準の30%~60%しかなかった。その結果、震度5弱や5強で倒壊すると判断されて、住民には退去命令が出された。

 このように「震度7の揺れでも倒壊の恐れはない」という表現は、建物からすぐに退去する必要はないけれども、なるべく早い段階で安全性を回復させなければならないときに使われる、一種の決まり文句である。つまり建物の安全性が証明されたわけではない。

 そもそも、震度7でも倒壊しないような「健全」な建物は、東日本大震災の際に「LaLa横浜」で観測された震度5弱の地震動では傾くはずがない。

 三井住友建設が、「西棟はなぜ傾いて、今後どのようになっていくのか」を説明できない限り、同社が行った構造計算は単なる机上の空論にすぎない。

 今後も、三井住友建設が震度7に耐えるという曖昧な主張を続けていると、「関東大震災タイプの震度7、あるいは東海・東南海・南海地震という3連動タイプの震度7に本当に耐えるのか」という反撃を浴びて、自らを苦しい立場に追い込んでしまう。

 品確法の耐震等級には、建築基準法が定める耐震基準と同レベルの等級1、基準の1.25倍の強度を持つ耐震等級2、基準の1.5倍の強度を持つ耐震等級3、という3種類がある。そして関東大震災タイプあるいは3連動タイプの震度7に耐えるのは、耐震等級2か3とされている。

 要するに、「LaLa横浜」は耐震等級1で設計されたのに加えて、地盤が弱いために、関東大震災タイプや3連動タイプの震度7に耐えることは保証されていない。

 このような複雑な背景があるにもかかわらず、三井住友建設が震度7の揺れでも倒壊の恐れはないことを確認したとする報告を行い、横浜市が何の注釈もなしにその報告を受け入れてしまった。それゆえに、「LaLa横浜」の住民が混乱し、説明会の会場で横浜市の課長に、激しい言葉を浴びせてしまったのである。

 傾斜マンションで杭の施工不良問題が発覚した当初は、旭化成建材の施工ミスが大きくクローズアップされた。しかし現在は三井住友建設の不手際を指摘する声が高まりつつある。まず「LaLa横浜」の敷地に以前立っていた、工場を支える杭の深さが18mだったにもかかわらず、マンションの杭が14mだったことを示すデータが出てきたため、同社の設計に判断ミスや手抜きがあったとする見方が出てきた。

 また1次下請けの日立ハイテクノロジーズに杭の施工実績がなかったことが明らかになったため、三井住友建設が建設業法第22条に違反して杭工事を丸投げしたのではないか、と疑念を持たれている。

 さらに「ダイナウィング工法ミスマッチ説」は極めて重要である。マンション敷地の支持層は土丹層(硬質粘土層)なので、本来は旭化成建材のダイナウィング工法を使ってはいけないはずなのに、1次下請けの日立ハイテクノロジーズを経由したため、間違って同工法が採用されたのではないかとする指摘である。その結果、杭の根固め部の施工が不十分になって、すべての住棟で建物を十分に支持できていない恐れもある。

 繰り返しになるが、三井住友建設による「震度7の揺れでも倒壊の恐れはない」とする主張は、単なる机上の空論であり、手前勝手な主張にすぎないのである。

 この説明会から数日後に、横浜市は三井住友建設などに対して、「より本格的なボーリング調査を実施した上で、西棟の杭が支持層に届いているのか届いていないのかを調べるように」と指示した。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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