リアナビ

スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2018年6月12日

第286回住友不動産の広報担当者がにっこり笑いながら差し出した資料

 住友不動産が販売中の「シティタワー大井町」を取材する機会があった。JR京浜東北線「大井町」駅から徒歩4分の再開発物件で、地上29階建て、総戸数635戸という大規模なタワーマンションである。

 同社はパンフレットで、異例にも「住友不動産は退屈なマンションはつくりません」と強調している。また『日経産業新聞』は3月28日付の特集、「首都圏の新築マンション上位30──将来価値格付け」に、「二つ星★★」物件として取り上げた。確かに「二つ星」にふさわしい、見所が多い面白いマンションだった。


 私はこの「シティタワー大井町」を取材した後、各企業の企画・広報担当者がよく読んでいるとされる『日経産業新聞』、およびマンション購入者が読むとされる『住まいサーフィン』のために、このマンションを詳しく分析する記事を執筆した。

 それでもまだ、不動産関係者に向けて伝えたいことが残っているので、この『リアナビ』で披露させてもらうことにした。

 タワーマンションでは、最寄り駅から建物のエントランスまで徒歩数分なのに、エントランスから各階の住戸までさらに5分〜10分くらいかかるケースもある。その主な原因は、エレベーターがなかなか来なかったり、来ても満員で素通りしてしまう、いわゆる「長待ち問題」である。

 この「長待ち問題」をきちんと把握するためには、エレベーターの台数、定員(乗車人数)、速度(分速)を考慮して「エレベーター交通計算」を実施し、「平均運転間隔」と「5分間輸送能力」を算出する必要がある。そして、一般的には、「平均運転間隔は60秒以内が望ましい」「5分間輸送能力は5%以上が望ましい」とされている。

 私はタワーマンションを取材する度に、対応してくれる広報担当者、企画担当者、販売担当者などに「平均運転間隔」と「5分間輸送能力」について質問し続けているのだが、これまではその場で回答できた人はゼロだった。

 より正確に表現すると、「平均運転間隔」および「5分間輸送能力」という、専門用語の意味を理解している人はゼロだった。

 しかしながら、「シティタワー大井町」の取材現場では、驚くようなことが起こった。私がエレベーターについて質問すると、広報担当者がにっこり笑いながら、1枚の資料を差し出したのである。

 それはエレベーター会社の技術者が作成した「シティタワー大井町のエレベーター交通計算書」だった。29階建ての建物を、低層階(1階〜8階)と中層階(9階〜20階)と高層階(21階〜29階)に分けて、エレベーターを運用した場合の詳細な結果が記載されている。これなら一目瞭然である。

 私が以前、住友不動産の物件を取材したとき対応した広報担当者が、今回の広報担当者に「エレベーター交通計算の結果を用意しておいた方がいい」と連絡してくれた結果に違いない。その配慮に対して、お礼の言葉を述べなければならない。

 「Thank you very much!」

 願わくは、住友不動産以外のタワーマンションを取材したときにも、同じような幸運に恵まれますように。

 話を換えて、次に「シティタワー大井町に導入されたバックアップ型のタンクレストイレ」について、説明したい。マンションのトイレは、おおむね次のように変遷してきた。

 1995年頃まで──(1)タンク式トイレが主流
 2000年頃から──(2)タンクレストイレが主流
 2010年頃から──(3)タンクレス風トイレが主流
 2019年頃から──(4)バックアップ型のタンクレストイレの登場

 このうち、(1)タンク式トイレが、2000年頃から(2)タンクレストイレに変わった理由は分かりやすい。タンク式トイレは広いスペースが必要だし、掃除がしにくいし、見た目に圧迫感がある。これに対して、タンクレストイレはタンクがないのでトイレが広く使えるし、掃除がしやすいし、見た目もスッキリしている。

 続いて2010年頃からは、(2)タンクレストイレに代わって、(3)タンクレス風トイレが主流になってきた。それは、なぜか。

 マンションの給水方式としては、水道から供給された水をいったん建物内の貯水槽(受水槽)に貯めてから各戸に配水する方式と、太い配水管を採用して各戸に直接給水する方式の2タイプがある。

 しかし朝の時間帯に、マンションの各住戸で一斉にタンクレストイレを使用すると、貯水槽タイプか直接給水タイプかを問わず、水圧が低くなって洗浄力が落ちてしまう。これでは、どうも都合が悪い。

 そのため、タンクを内蔵しているけれど、見た目はタンクレストイレに似ている「タンクレス風トイレ」が登場することになった。内蔵したタンクに洗浄水を蓄えているため、朝のトイレラッシュ時間帯であっても、洗浄力を確保できる。

 そして、「シティタワー大井町」で初めて、(4)バックアップ型のタンクレストイレが登場する。

 これは建物の上層階に、トイレ専用の貯水槽(受水槽)を新設。朝の時間帯にマンションの各住戸で一斉にタンクレストイレを使用しても、水圧が低くならないように備えるタイプである。

(3)のタンクレス風トイレは、住戸のトイレに内蔵したタンクに洗浄水を蓄える。これに対して(4)バックアップ型のタンクレストイレは、上層階に新設するトイレ専用の貯水槽(受水槽)に洗浄水を蓄えるという違いがある。

【シティタワー大井町の物件概要】
 所在地─東京都品川区大井一丁目 
 交通─JR京浜東北線「大井町」駅から徒歩4分
    東急大井町線「大井町」駅から徒歩6分
 総戸数─635戸(非分譲住戸142戸含む) 
 完成─2019年7月下旬予定 
 敷地面積─6253平方メートル 
 規模─地上29階・地下1階 
 駐車場総台数─186台
 事業主─大井一丁目南第1地区市街地再開発組合
 売主─住友不動産
 設計─日建設計 
 施工─西松建設 

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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