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「斜め45度」の視点

2020年1月7日

第333回 集中連載② 前田建設の明解な「タワマン浸水対策ガイドライン」

 2019年11月に発生した、武蔵小杉のタワーマンション浸水事件の後に、私は大手ゼネコンと大手デベロッパーが公表している、「分譲マンションの浸水対策ガイドライン」について調べてみました。そして大林組、前田建設工業、大京のガイドラインを目にすることができました。

 次の順番で作成されています。

 大林組(2007年)
 前田建設工業(2012年頃)
 大京(2017年)

 これとは別に国交省および各種団体が、「分譲マンションの浸水対策ガイドライン」「浸水対策報告書」を、以下の順に作成しています。

 国土交通省・日本建築防災協会(2002年)
 不動産協会(2012年)
 日本建築学会(2016年、2018年)

 今回は記事の前半で、最も分かりやすいと思われる、前田建設工業「浸水リスクマネジメント」の内容を紹介。記事の後半で、国交省および各団体の「浸水対策ガイドライン、浸水対策報告書」を要約します。

【■■】前田建設工業の「浸水リスクマネジメント」

 前田建設工業の「浸水リスクマネジメント」は、1,「内水氾濫と外水氾濫」、2,「床上浸水を未然に防ぐ」、3,「地下室への浸水に備える」という構成になっています。

 <https://www.maeda.co.jp/service/jyutaku/build_sol/risk_flooding.html>

 1,「内水氾濫と外水氾濫」

  a,内水氾濫
   台風、集中豪雨などにより河川などの排水能力を超えた雨水の氾濫
  b,外水氾濫
   河川の堤防の決壊、高潮、津波などによる氾濫

 

 2,「床上浸水を未然に防ぐ」

  a,敷地への浸水を防ぐ
   敷地の嵩上げ、敷地の周囲を塀で防御、土嚢などによる応急対策

  b,床上への浸水を防ぐ
   床レベルを高くする、外壁で防御する

  c,平面計画の工夫
   止水性のある外壁、開口部対策、配管などの開口部対策

  d,材料や構法の工夫
   耐水性材料の選択、防汚性材料の選択

  e,設備機器を守る
   電気・空調等設備の高所設置

 3,「地下室への浸水に備える」

  a,外部からの出入口対策
   出入り口前に止水板を設置

  b,内部からの出入口対策
   内部階段・避難はしごの設置、エレベータに頼らない避難経路

  c,設備機器を守る
   自家発電装置など重要な電気設備は地上階に設置

【■■】武蔵小杉の浸水したタワマンとの比較

 前田建設工業の「浸水リスクマネジメント」を、武蔵小杉の浸水したタワマン──「パークシティ武蔵小杉ステーションフォレストタワー」(地下3階・地上48階、総戸数643戸、竣工2008年10月、設計&施工・竹中工務店)に照らし合わせてみましょう。

 1,「内水氾濫と外水氾濫」

 浸水の原因は、多摩川を流れる水が排水管を逆流して、武蔵小杉駅周辺の低地に噴き出てた「内水氾濫」とされています。

 2,「地下室への浸水に備える」

 出入り口前に止水板が設置されていなかったとされています。そのため噴き出た内水が地下に流れ込んでしまいました。

 そしてその内水が、地下に設置されていた自家発電装置など、重要な電気設備を水没させたため停電が発生。その結果、エレベーターがストップ。また、排水ポンプもストップしたため、トイレの排水が流れなくなったと推測されています。

【■■】前田建設工業が設計・施工した「プラウドタワー木場公園」

 私は前田建設が設計・施工した「プラウドタワー木場公園」を、日経産業新聞に記事を掲載する目的で、2015年8月に取材したことがあります。

 鉄筋コンクリート造、地上27階・地下1階、総戸数204戸、竣工2017年5月、分譲主・野村不動産。

 2015年9月1日付の記事には、次のように記してありました。

 ──建物の構造は住宅性能表示制度の耐震等級1を確保した上で、地震のエネルギーを吸収する制震装置を取り付けて安全性を向上させた。また地下階への浸水対策として、建物下部に貯水層を設けて排水機能を持たせ、非常用発電機を2階に置いて万全を期した──。

 今読み返すと、前田建設の「地震対策と浸水対策」を強調した内容になっています。ただ、記事が掲載された9月1日は「防災の日」なので、私の気持ちが「防災最優先」に染まっていたのかもしれません。

【■■】国土交通省と日本建築防災協会のガイドライン

 次は国土交通省と日本建築防災協会の取組です。

 ●2002年3月 国土交通省・地下空間における浸水対策検討委員会
 「地下空間における浸水対策ガイドライン」
  <http://www.mlit.go.jp/river/basic_info/jigyo_keikaku/saigai/tisiki/chika/pdf/0-1_0-9.pdf>

 ●2002年6月 日本建築防災協会
 「地下空間における浸水対策ガイドライン・同解説」。国交省がまとめたガイドラインの解説書です。

 その内容をチェックしてみると、ここでいう「地下空間」とは、主に「地下鉄駅の構内」や「地下鉄駅周辺の地下商店街」などを意味。すなわち、単独に立つ、「タワーマンションの地下室」を対象としたものではありません。

【■■】不動産協会の報告書

 そして不動産協会の取組です。

 ●2012年4月 不動産協会
 「都市の防災機能を高めるために不動産業の果たすべき役割研究会・報告書」
  <https://www.fdk.or.jp/f_suggestion/pdf/honbun_120419.pdf>

 この報告書では、「防災に優れたマンションへの取組みに係る課題」として、「水害対策」と明示した上で、次のように記しています。

 a,自治体による、内水・外水氾濫を区別した、被害想定図(ハザードマップ)の策定・公開の必要性。 

 b,水害による非常用電源の喪失を防止するための対策。

 c,周辺の新築建築物との電力融通などの推進。

 まず、「既存マンションでは、機械室の設置場所を、地下から地上階に移動する改修工事」は、費用面や物理面で難しいと指摘。それゆえに、エリア単位での取組みを提案しています。

【■■】日本建築学会の報告書

 さらに、建物の設計者と施工者に大きな影響力を持つ、日本建築学会の取組です。

 ●2016年3月 日本建築学会
 「気候変化による災害防止に関する特別調査委員会報告書」

 ●2018年11月日本建築学会 地球環境委員会
 「安全・安心社会へ向けた都市と建築の未来像を考えて」

 建築学会の報告書には、国交省・日本建築防災協会・不動産協会の報告書には「見当たらない内容」がありました。それは、災害発生後にマンション居住者が自助と共助で生活を継続するための行動計画、すなわち「MLCP(マンション生活継続計画)」に関する指摘でした。

 以上をまとめると、大手ゼネコンや大手デベロッパーが作成した、「分譲マンションの浸水対策ガイドライン」は、上記の各資料を手がかりにしたと考えられます。

 そして、前田建設工業が2012年頃に作成した「浸水リスクマネジメント」は、設計・施工を依頼されるゼネコンという立場から、上記の各資料を積極的に取り入れたものと考えられます。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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