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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2018年1月23日

第271回国交省は「安心R住宅」制度を誰のためにつくったのか?

 国土交通省住宅局は、既存住宅の流通促進を目指して、2017年11月6日に「安心R住宅」制度を創設し、2017年12月1日から事業者の登録申請を受け付けた。続いて2018年4月1日から、同制度を本格的にスタートさせる。

 その仕組みは少し複雑なので、図を使って説明する。

 図には「国交省(国)──黄色」と、「事業者団体(一般社団法人等)──水色」と、「住宅購入者──肌色」という3者が描かれている。このうち事業者団体はさらに「団体事務局」と「事業者」に分かれている。

 (1)まず事業者団体が、国交省に対して「安心R住宅」制度を利用したい、という登録申請を行う。

 (2)国交省は事業者団体を審査し、基準に達していれば登録を認め、標章(ロゴマーク)の"発行"を許可する。

 (3)団体事務局は事業者(売主・仲介)を個別に指導・監督し、対象物件が基準を満たしていれば標章(ロゴマーク)の"使用"を許可する。

 これはいわば、水戸黄門の印籠に描かれた「葵のご紋」を参考にした制度である。すなわち住宅購入者に「国交省が認めています。安心してください!」と、ロゴマークを掲げて見せるのである。

 そのロゴマークを下図に示した。

 「安心R住宅」とは、主に7つのポイントを満たした住宅をいう。

 (1)新耐震基準に適合している。

 (2)既存住宅売買瑕疵保険の検査基準に適合している。

 (3)リフォーム工事が実施され、「きれい」な状態になっている。

 (4)リフォーム工事をしていない場合には、費用情報を含むリフォーム提案書がある。

 (5)外装、主たる内装、水回りなど現況の写真を閲覧できる。

 (6)「安心R住宅調査報告書」を作成し、購入検討者に必要な情報を開示する。

 (7)事業者団体が相談窓口を設置している。

 登録を認められた「事業者団体」は、次の業務を行う。

 (1)「住宅リフォーム工事の実施判断基準」の作成および公表。

 (2)事業者が遵守すべき事項の設定および研修。

 (3)事業者に対する標章(ロゴマーク)の使用許諾および監督。

 (4)住宅購入者からの相談または苦情への対応。

 (5)業務・財務の状況を国に報告。

 国交省は2017年12月25日という年末ギリギリに、「事業者団体としてまず、一般社団法人優良ストック住宅推進協議会(スムストック)の登録を認定した」と発表した。

 このスムストックとは、大手住宅メーカー10社(旭化成、住友林業、セキスイハイム、積水ハウス、大和ハウス工業、トヨタホーム、パナホーム、ミサワホーム、三井ホーム、ヤマダ・エスバイエルホーム)がこれまで供給してきた建物のうち、以下の条件を満たす住宅を意味している。

 (1)住宅履歴──新築時の図面、これまでのリフォーム、メンテナンス情報等が管理・蓄積されている。

 (2)長期点検メンテナンスプログラム──建築後50年以上の長期点検制度・メンテナンスプログラムの対象になっている。

 (3)耐震性能──「新耐震基準」レベルの耐震性能がある。

 経営的に安定し、また技術的な水準も高い大手住宅メーカーが供給した住宅で、「住宅履歴が管理・蓄積され、長期メンテナンスプログラムの対象になり、新耐震基準を満足」していれば、ほぼ「安心」なことは一般のユーザーにも理解しやすいと思われる。

 ただし、大局的に見ると、非常に気になることがある。日本の戸建て住宅市場において、大手住宅メーカーのシェアがせいぜい30%程度に過ぎない事実である。

 残りの70%は、地域の工務店がつくる木造住宅が占めている。すなわち、国土交通省が「安心R住宅」制度でまずやらなければならなかったのは、地域工務店の技術力をレベルアップさせるように注力することだった。

 しかしながら、国交省住宅局が最初にやったことは、大手住宅メーカー10社の厚遇であった。しかもそれを、2017年12月25日という誰もが忙しい時期に公表して、目立たないように配慮したのである。

 筆者「どうしてかなぁ?」

 事情通の知人「国交省はそもそも、建設業界や不動産業界を仕切るのが得意。安心R住宅の制度で大手住宅メーカー(優良ストック住宅推進協議会)に恩を売っておけば、国交省住宅局の役人にとっては、"安心できる天下り先"がひとつ増えることになるからねぇ・・・」

 ここで思い出すのは、消費者庁が同じ分野で積み上げてきた、誠実な実績である。

 (1)消費者庁は、「消費者が住宅のリフォーム工事を行ったり、中古住宅を取得する際には、依頼先の事業者が何らかの瑕疵保険に加入していることが望ましい」と考えた。

 (2)消費者庁はそのため、リフォーム瑕疵保険、大規模修繕工事瑕疵保険、既存住宅売買瑕疵保険を利用する事業者に、住宅瑕疵担保責任保険法人への登録を求める制度を推進した。

 (3)事業者の登録の有無は、住宅瑕疵担保責任保険協会のホームページで閲覧できる。

 (4)その結果、ユーザーは住宅のリフォームや中古住宅の取得に際し、安心して事業者を選ぶことができるようになった。

 このように、消費者庁はまずユーザーのことを考えるが、国交省はユーザーのことはほとんど考えていないのである。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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