リアナビ

スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2019年4月23日

第315回 「住宅幸福度」をテーマにした大阪大学、ライフル、リクルートの研究

 ビジネスの世界では「満足度」という言葉がよく使われる。

「満足度」──満足している度合い。
「顧客満足度」──顧客が製品やサービスのパフォーマンスに満足している度合い。

 満足度が高い顧客は繰り返し購入したり、他人に推薦したりする可能性が高いとされる。

 これに対して、1970年代頃から「幸福度」という言葉が登場した。「幸福度」とは、「幸福だなぁ」と感じている度合い(程度)をいう。

 わが国では、内閣府・経済社会総合研究所が「幸福度に関する研究会」を作ったのをきっかけに、調査・研究が進むようになった。

  https://www5.cao.go.jp/keizai2/koufukudo/koufukudo.html


■■■「住宅と幸福度」をテーマにした大阪大学の研究

 日本で「住宅と幸福度」をテーマにして、大規模なアンケート調査を初めて実施したのは、大阪大学経済研究科の筒井義郎氏、大阪大学社会経済研究所の大竹文雄氏、池田新介氏の3氏と思われる。

 彼らは、全国各地に住む20歳〜60歳を対象に、2004年2月に「くらしの好みと満足度についてのアンケート調査」を実施して、4224人から回答を得た。

(一)アンケートの中に、「現在の住まいの種類によって、幸福度がどのように異なるのか」を調べるための項目も盛り込んだ。

(二)各人の現在の住まいは、「持家(一戸建て)」「持家(集合住宅)」「民間の借家」「社宅・公務員住宅」「公営の借家」「借間・下宿」「住み込み・寄宿舎」「その他」の8グループから選択してもらった。

(三)各人の幸福度は、「非常に幸福」を10点とし、「非常に不幸」を0点とする、11段階の中から選択してもらった。

(四)その結果は、図に示すようなものだった(①から⑧は幸福度の順番)。


 1位になったのは「社宅・公務員住宅」(幸福度6.9)。「オーッ、そうなのか」という驚きがある。「寄らば大樹の陰」というコトワザがある。その意味は、「身を寄せるならば、大木の下が安全」である。そういう気持ちが反映されて、1位になったのかもしれない。

 2位と3位が「持家」は順当なところか。ただし、2位が「持家(集合住宅)」(幸福度6.6)、3位が「持家(一戸建て)」(幸福度6.4)になったのは、「大都市型の判断」なのかもしれない。

 4位が「民間の借家」(幸福度6.2)、5位が「公営の借家」(幸福度6.2)は順当と思われる。

 7位が「借間・下宿」(幸福度5.8)、8位が「住み込み・寄宿舎」(幸福度5.3)。「やはり、そうだろうなぁ」という感じである。

 ※参考文献「なぜあなたは不幸なのか」(筒井義郎、大竹文雄、池田新介著)、『大阪大学経済学』(2009年March)

<http://www.iser.osaka-u.ac.jp/rcbe/gyoseki/fukou.pdf>

■■■ライフル・ホームズ総研の「住宅幸福論」


 「住宅と幸福度」をテーマにした研究で、次に注目されるのはライフル(LIFULL)社のライフル・ホームズ(LIFULL HOME'S)総研が、2018年4月に発行したレポート「RETHINK 住宅幸福論」である。

 0「プロローグ」
 1「SCOPE」
 2「RESEARCH──住宅幸福度分析レポート」
 3「CASE STUDY」
 4「エピローグ」

 全176ページの印刷物ではあるが、ウェブサイトからPDF版を入手することもできる。

< https://www.homes.co.jp/search/assets/doc/default/edit /souken/PDF2018/homes_rethink_ep1.pdf>

 この研究では、「住まいの幸福度」を左右する要因を、分析している。

 1「住宅のタイプ」
   「持ち家」の方が「賃貸」より満足度が大きい。
   「マンション」の方が「戸建て」より満足度が大きい。
   「新築」の方が「中古」より満足度が大きい。

 2「住宅のスペック」 
   「スペック」が良ければ、「住まいの満足度」はアップする傾向にある。

 3「個人の基本的属性」 
   「世帯年収」が高ければ、満足度はアップする傾向にある。

 この3点とも、「常識的な範囲」に治まっている。

■■■リクルート・住まい研究所の「主観的住宅幸福論」

 リクルート住まいカンパニー「住まい研究所」の宗健所長と新井優太研究員は、都市住宅学会第26回学術講演会(名城大学)査読付き論文として、「住まいが主観的幸福度に与える影響」と題する論文を発表した(2018年12月9日付け)。

 なお、同論文の末尾には、「宗健氏は現時点では、大東建託・賃貸未来研究所所長」と注記されている。

<http://www.jresearch.net/house/jresearch/introduction/pdf/ The_impact_of_residence_on_subjective_well-being_20181209.pdf>

この研究は、各種の満足度が、「主観的住宅幸福度」に与える影響に着目したもので、東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県在住の1万2608名を対象にアンケート調査を実施。そして、「主観的住宅幸福度」に大きな影響を与える満足度は、次のような順番だと指摘している。

 1位─食生活満足度★
 2位─地域満足度☆
 3位─家族関係満足度★
 4位─友人関係満足度◇
 5位─生育環境満足度☆
 6位─余暇満足度◇
 7位─建物満足度☆
 8位─健康満足度◇

 このうち1位「食生活満足度★」には驚く人が多いと思われる。しかしこの8項目を、次のように整理すると、納得できるような気持ちになっていく。

 「家族が関係する要素★」─家族関係満足度、食生活満足度
 「住まいが関係する要素☆」─地域満足度、生育環境満足度、建物満足度
 「時間の使い方が関係する要素◇」─友人関係満足度、余暇満足度、健康満足度

 家族の関係がうまくいってすれば、食事にも満足するようになる、ということなのだろう。

 このうち、「住まいが関係する要素☆」のうち、地域満足度と建物満足度をさらに分析すると、次のような結果が得られている。

 「地域満足度に大きな影響を与える要素」─建物満足度、人間関係満足度、近隣と地域に親しみやすさがある、治安が良い、交通の利便性、街並みがきれい。

 「建物満足度に大きな影響を与える要素」─地域満足度、広さと部屋数、設備、外観デザイン、内装、ハードの性能。

 このうち、末尾の「ハードの性能」に注目したい。この項目が重視されるのは、築年数が25年を超えるころだという。そして、次のような結論に至る。

 住宅幸福度を高めるためには、地域満足度につながる「地域環境、コミュニティ整備」と同時に、建物満足度につながる「経年劣化や陳腐化の抑制、更新、メンテナンス」に注力する必要がある──。

■■■『週刊東洋経済』「マンション絶望未来」特集の指摘
 この指摘を読んで、『週刊東洋経済』(2018年12月8日号)の「マンション絶望未来」と題する特集を思い出した。同誌は、「修繕積立金と現場作業員が不足しているため、タワーマンションを中心にして修繕クライシス(危機)を迎える」と訴えている。

 すなわち、修繕積立金が不足すれば、経年劣化を抑制できないだけではなく、管理組合の空気も乱れて、マンション居住者の住宅幸福度が低下してしまうのである。


細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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