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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2010年12月21日

第25回神楽坂の懐を広げた「赤城神社再生プロジェクト」

 東京・神楽坂の魅力は表通りから一歩入った石畳の路地街にある。両側には古い木造住宅が並び、ところどころに割烹や小さなレストランが店を構える。黄昏時に路地をたどり、暖かそうな灯火が入った店を見つけると、「赤提灯族」としては大いに心惹かれるものがある。

 したがって、夜の神楽坂を訪ねると、時間がいくらあっても足りなくなる。ところが、昼の神楽坂を訪ねると、意外に時間を持て余してしまう。神楽坂沿いの商店を眺め、路地を巡り、「神楽坂の毘沙門(びしゃもん)さま」こと毘沙門天(善國寺)にお参りすると、後は喫茶店で時間をつぶすくらい・・・。

 しかし、今年の秋、「赤城神社再生プロジェクト」が完成したことにより、神楽坂は毘沙門天に匹敵するもうひとつの「核」を持つことになった。

 赤城神社の所在地は新宿区赤城元町1丁目。神楽坂を上りきって、大久保通りを渡り、東京メトロ東西線神楽坂駅の手前を、北に折れて2分ほど歩いた場所になる。「赤城神社再生プロジェクト」とは、700年を超える歴史を持つ赤城神社の社殿を建て替えるとともに、地域コミュニティ施設を整備し、さらに分譲マンションを建設するプロジェクトである。

 マンション名は「パークコート神楽坂」。三井不動産レジデンシャルによる、定期借地権付き分譲マンションである。建物は、鉄筋コンクリート造、地上6階・地下1階、総戸数78戸。住戸の専有面積は約43~約117平方メートルで、平均坪単価は350万円になるが、全戸売り切れた。借地期間は約70年で、赤城神社への地代は、専有面積1平方メートル当たり月額184円になる。この地代が神社の経営基盤になる。

 歴史の古い神社は地域で最も恵まれた土地に立っていることが多い。赤城元町も眺めのいい高台なので、神域を満たす清浄なエネルギーにも支えられて、マンション入居者は、最高の住み心地を味わえるに違いない。しかも、納入する地代により、神社の経営を支えられるというのだから、入居者としても本望であろう。

 建物のデザインを監修したのは、東大教授でトップ建築家の座にある隈研吾氏。隈氏は神楽坂の住人で、初詣には赤城神社に訪れるという。つまりは、土地の事情に詳しい。その隈氏が強く意識したのは、境内に祈りの空間、祭りの空間、生活空間、文化空間を集めて、神楽坂の「懐」を広げることだった。

 現地を歩くと、毘沙門天(善國寺)および赤城神社という2つの「核」を持つことで、確かに神楽坂の「懐」が格段に広がったと実感する。

 赤城神社を訪ねてみよう。境内に通じる鳥居をくぐると、まず見えるのは手水舎(ちょうずや)であり、緑豊かな保存樹木である。参道を進むと一対の灯籠がある。この灯籠の先を右斜めに折れると、マンションの入り口がある。社殿は和風モダンの軽快なデザインであるのに対し、マンションは端正かつ重厚な外観で社殿の引き立て役になり、神社の境内にすんなり溶け込んでいる。

 一方、灯籠の間を縫って緩い傾斜の階段を上ると、正面に社殿が見える。赤城神社の本殿、幣殿(へいでん)、拝殿、神楽殿、境内末社である。また、右手には、社務所やカフェそれにコミュニティ施設がある。毘沙門天(善國寺)に比べると、境内が広いのに加えて、カフェがあるので休憩するのに具合がいい。

 地域の景観、文化、生活、賑わいに、これほど貢献しているプロジェクトも珍しい。仮に、「東京マンション百選」あるいは「東京神社百選」がつくられたとしたら、「赤城神社再生プロジェクト」はいずれの部門でも上位を占めることになるはずである。不動産関係者にとっては必見の場所、としておこう。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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