リアナビ

スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2009年11月30日

第13回 穴吹工務店の「KY症状」

 マンションデベロッパーとして、絶対に手を出してはならない土地がある。例えば、地域の景観を壊すとして住民に強く恨まれる場所、地域の有力者が拒否反応を示しているため激しい反対運動が予想される場所、地盤の条件が悪いため近隣に迷惑をかけるだけでなく問題が生じると収拾が困難になりそうな場所などだ。

 数年前に、穴吹工務店東京本店の幹部と話をする機会があった。聞くと、「今度、A市のB地区でマンションを開発する予定」だという。私は、たまたま、B地区について土地勘があった。そこは、手を出したら間違いなく大やけどをしそうな、いわば鬼門というべき場所だった。したがって、「慎重を期した方がいい」とアドバイスした。

 彼が情報をA市の支店に伝えたのか、支店がアドバイスを無視したのか、あるいはすでに引き返せない状態だったのかは定かでないが、やがてB地区プロジェクトはスタートしてしまった。

 その後、どうなったのか。予想通りに、B地区では、すさまじい建設反対運動が繰り広げられた。これほどまでに、地域住民が怒り狂った例を私は知らない。穴吹工務店は、本当はどこかで引き返すべきだったのだが、「KY」すなわち現地の空気が読めなくて、そのまま突っ走ってしまった。結局のところ、プロジェクトはなんとか完成したのだが、地域の景観を決定的に悪化させてしまった。また、水の流れが変わって、強い雨が降る度に周辺に迷惑をかけ、今なお怨嗟の声が絶えることはない。

 着工は2008年。同年9月に販売を開始して、2009年7月に竣工した。全87戸のうち、今でも31戸が売れ残っている。なにしろ、購入希望者が現地を訪ねると、地域住民から反感の視線を浴び、たじろいでしまうような場所なのだ。

 穴吹工務店が経営破綻した理由を、主要メディアはおおむね次のように伝えた・・・。マンション分譲大手の穴吹工務店(高松市、穴吹英隆社長)が、11月24日に東京地裁に会社更生法の適用を申請した。同社は「サーパス」ブランドで全国の主要都市に展開し、2007年にはマンション販売戸数で全国1位となった。破綻の原因は、景気低迷でマンション分譲事業が落ち込み、積極路線で膨らんだ負債が経営を圧迫したためとされる・・・。

 私は、このようなマクロな事情に加えて、同社特有の体質も大きく影響していたと判断している。それは、一言でいえば「KY症状」、つまり「空気を読めない」状態である。

 穴吹工務店の支店網は、政令都市や県庁所在地などを中心にして、全国各地に広がっていた。そして、マンション開発、設計、施工をいずれも社内で行う、いわば「三位一体」の体制をとっていた。結果として、支店社員は、社内各部門との調整に時間を使うことが多くなる。

 「内部完結」的な組織で働いていると、社員は外部と接触する機会が少ないため、「KY症状」を抜け出すことができない。すなわち、いつになっても現地の「空気を読めない」のである。デベロッパーとして、これは、まことにゆゆしい事態といわなければならない。

 その最悪のケースが、B地区プロジェクトだったと思う。冷静に考えれば分かることだが、マンションデベロッパーが、地域住民にこれほどまでに嫌われるような行為をしたとしたら、とうてい生き残っていけるわけがない。

 今後、同社は再建策を模索することになるが、「KY症状」から脱しきれないとしたら、前途には険しい道が待つのではないか。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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