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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2022年8月23日

第406回 国交省・次世代住宅プロジェクト、その⑤『アベノミクスの3本の矢』

 国土交通省が「次世代住宅型プロジェクト」をスタートさせたのは、2017年6月のことでした。その原動力になったのは、安倍晋三総理大臣 (当時)が表明した『アベノミクスの3本の矢』を柱とする経済政策でした。 

 ◆『アベノミクスの3本の矢』とは何か

 その1【大胆な金融政策】
 デフレ脱却を目指し、2%のインフレ目標が達成できるまで無期限の量的緩和を行う。

 その2【機動的な財政出動】
 東日本大震災からの復興、安全性向上や地域活性化、再生医療の実用化支援などに充てるため、大規模な予算編成を行う。

 その3【民間投資を喚起する成長戦略】
 成長産業や 雇用の創出を目指し、各種規制緩和を行い、投資を誘引する。

 この「3本の矢」によって、日本経済を立て直そうという計画です。

 なお、『アベノミクス』という名称は安倍元首相の苗字にエコノミクス(経済)を合わせた造語で、1980年代に米国のレーガン大統領が取った経済政策『レーガノミクス』にちなんだものです。

 出典『SMBC日興証券--初めてでもわかりやすい用語集』
 URL<https://www.smbcnikko.co.jp/terms/japan/a/J0594.html>

 『3本の矢』の提唱者である安倍晋三元総理大臣は、2022年7月10日、奈良市で演説中に銃で撃たれて死亡しました。謹んでお悔やみ申し上げます。

 [■■] 国土交通省のウェブサイトを検索

 2022年7月下旬に、最近の情報を入手する目的で、『アベノミクス マンション』というキーワードを使って、国土交通省のウェブサイトを検索して見ました。

 URL< https://www.mlit.go.jp/mlit-search.html?q=アベノミクス%E3%80%80マンション >

 そうすると、多数のデータがヒットしました。特に気になったのは次の資料でした。

 『長期優良住宅制度のあり方に関する検討会 ―― 共同住宅 (分譲マンション) の実態』
 2018年12月20日「一般社団法人・不動産協会(会員数 157社 )」

 URL< https://www.mlit.go.jp/common/001266256.pdf >

 上記の報告書に掲載された、気になる「指摘」を要約してみました。

 [■■] 不動産協会の上記『長期優良住宅制度のあり方に関する検討会』資料の要約

 ①良質な共同住宅で長期優良認定が低迷する理由1

 ❖長期優良住宅の制度のお客様への認知度が低い。
 そのため、広告に記載する優先順位が低く、カットされる場合もある。

 ②良質な共同住宅で長期優良認定が低迷する理由2

 ❖「長期優良」がお客様に訴求しない。
 そのため、物件価格が上昇している中、購入者層にこれ以上の工事費アップを転嫁できない。

 ❖長期優良住宅のインセンティブの要件が、足許に供給される共同住宅に合っていない。
 そのため、長期優良の技術基準を充たすが、認定を取得しなかった都心タワーマンションもある。

 ❖中古住宅流通において、長期優良住宅が必ずしも評価されていない。
 中古住宅流通の大手2社にヒアリングしたところ、社内のシステムでは「長期優良住宅」を  それ以外と区別していない。

 ③良質な共同住宅で長期優良認定が低迷する理由3

 ❖再開発、地権者との共同事業では難しい
 建築費上昇→地権者への還元率低下となり、地権者が望まない。
 マンション用地取得が難しくなっている中、こういった案件が増えてきている。

 ❖認定要件である耐震等級2の取得は、工事費、住戸形状に悪影響
 柱、大梁が大きくなることが、専有部分の制約要因となる(有効面積減、張り出し大など)。
 長期優良認定を取得するための工事費アップは、1戸あたり約200万円との試算も(制度導入時) 。

 ❖耐震等級1と2で、大梁の大きさはこれほど違う。

 柱「耐震等級2 ―1350×1350」
 柱「耐震等級1 ―1200×1000」

 大梁「耐震等級2―1100× 850」
 大梁「耐震等級1―800× 880」

 ④良質な共同住宅で長期優良認定が低迷する理由4

 「長期優良住宅認定」の取得手続は、事業スケジュールの長期化要因になる。「スケジュールのイメージ」として、デベロッパーは長期優良の上乗せ部分は同時並行で行い極力延期しないように努力するが、2~3週間程度のスケジュール長期化要因となる可能性がある。

 ⑤良質な共同住宅で長期優良認定が低迷する理由5

 長期優良の維持保全計画と、分譲マンションの分譲時に策定する「長期修繕計画」は、共通する部分も多く、二度手間になっている。後者の方が費用積算されている分、細かい。

 [■■] 不動産協会による「長期優良住宅制度の見直し提言」

 ①長期優良住宅制度の見直し試案1 (ハード面)

 ❖住戸単位での認定 ⇒ 棟単位(物件単位)での認定 ・世帯構成の変化を受けて面積要件(55m²)の見直しも。
 ❖長期優良の認定基準で、住宅性能表示制度から一部除外 の要件がある維持管理対策等級・高齢者等対策等級に ついて、住宅性能表示制度それ自体の見直しを検討。

 ❖構造計算手法と、耐震性の基準見直し ・現行制度は「限界耐力計算」主体だが、現実に建てられる案件の殆どは 「保有水平耐力計算(耐震等級1)」。後者を前者と比較すると断面形状が 大きく、配筋量が多いので、負担できる地震力に差があると考えられる。

 ❖10年間の技術の進化、分譲事業者の仕様向上を踏まえた要件の見直し。

 「制振」を時刻歴応答解析により、免震同様に認定要件に含める。
 躯体劣化の定義の見直し;劣化対策等級3の上乗せ要件の撤廃の検討をお願いしたい。
 (現行;かぶり厚+1cm 又は 水セメント比△5%)

 ②長期優良住宅制度の見直し試案2 (ソフト面等)

 ❖維持管理計画と長期修繕計画の共通化を検討
 ・項目見直し、点検周期の長期化も検討。

 ❖事務手続の見直し
 ・建築確認申請、住宅性能表示制度との重畳的手続の共通化
 ・維持管理計画の提出時期の後倒し。(長期修繕計画作成は着工前でなく販売時)

 ❖優良ストックを維持管理するインセンティブの創設の検討
 ・大規模修繕のタイミングで、一定のインセンティブを与えるイメージ
 (例えば、累計修繕積立金の一定割合等)

 ③長期優良住宅制度の見直し試案3
 ❖購入時にお客様に響くインセンティブの創設

 [■■] 不動産協会の「企業行動理念」

 最後に、不動産協会の「企業行動理念」のうち、「その1 魅力的なまちづくり」を紹介しておきましょう。

 良好な住宅ストックや高度なビジネス基盤の形成、アメニティ溢れる賑わいの創出等、安全・安心、快適で魅力的なまちづくりや都市再生を推進するとともに、優良な資産として次代に引き継ぐことのできるよう、その価値をハード・ソフト両面において維持・増進することを目指した取組みを行う。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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