リアナビ

スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2009年10月26日

第11回 再建会社が実施したマンション設計コンペ

 経営破綻した後に、会社を再建中だったマンションデベロッパーA社から、マンション設計コンペの審査委員長を依頼されて、お引き受けしたことがある。

 A社のB社長はこう依頼してきた。
「一度破綻した会社の再建を目指すからには、以前と同水準の業績を回復しただけでは不十分と考えています」

「まず、経営破綻により、関係者に多大なご迷惑をおかけしているわけです。そのことを肝に銘じて、『A社はこんな優れたマンションをつくれるようになったのか。これだったら、許してやってもいい』と、納得していただけるだけの実績を上げなければならない義務があります」

「次に、社内的にも、社員の士気を上げる必要があります。そのためには、目標を高く掲げて、『前よりいいマンションをつくろう』と呼びかけるのが効果的だと判断しました」

 B社長の話に共感したので、微力ながら審査委員長への就任をお引き受けした。

 設計コンペに際しては、マンションを得意とする大手設計事務所と中堅事務所の計5社に参加を依頼した。デベロッパー自身が「いいマンションをつくりたい」と強く希望した異例の設計コンペだったので、各社とも熱心に取り組み、力の入った設計案を提出してくれた。最優秀になったのは中堅事務所のC社である。

 敗者となった4社に関しても、B社長は配慮を忘れていなかった。「この土地にはC 社案を採用します。しかし、他の4社案にも優れた点が多い。今後のプロジェクトでは、敗者となった事務所に特命で順番に設計を依頼して、そのコンセプトを実現すべく努力させていただきます」

 コンペ審査のためデベロッパーA社に通算で3日ほど力をお貸しし、結論が出た後で、私は再び建築&住宅ジャーナリストという立場に戻り、同社を遠くから見守ることにした。

 採用されたC社案に基づいてマンションが建設、分譲された。そして、少し時間がかかりはしたが、無事に完売することができたようだ。この「リアナビ」で調べると、周辺の物件と比較して相場以上の坪単価で売れている。

 デベロッパーA社の戦略は、マンション市場におけるユーザーの行動を考慮したものだった。ユーザーの分譲マンションに対する評価が、おおむね次のようになることは、誰しも異存がないはずである。

     
  1. 土地が1級品で、建築も1級品のとき。
    → ユーザーの総合評価は「優」になる。

  2.  
  3. 土地が1級品で、建築が準1級品のとき。
    → ユーザーの総合評価は「良の上」になりやすい。

  4.  
  5. 土地が準1級品で、建築が1級品のとき。
    → ユーザーの総合評価は「良の下」になりやすい。

  6.  
  7. 土地が2級品で、建築も2級品のとき。
    → ユーザーの総合評価は「可」になる。

 つまり、順番としては、まず土地が評価され、次に建築が評価される。したがって、デベロッパーは土地の入手に全力をあげて取り組むことになり、日本ではその勝者が一流企業としての地位を獲得してきた。

 しかしながら、会社再建の途中にあるデベロッパーA社には、土地を入手する力が欠けているわけだから、残された手段は、いい建築づくりに全力をあげて取り組む道である。二流企業の多くが(4)に甘んじている中で、A社が(3)を選択したことは評価に値する。

 デベロッパーA社がその後たどった道筋について、あなたはどう推測するだろうか。

     
  • 楽観論──B社長の努力が報われて、業績を回復した。
  •  
  • 悲観論──B社長の努力が報われず、業績は低迷している。

 「秘すれば花」(世阿弥)の理にしたがって、その後についてここでは明かさない。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


BackNumber


Copyright (c) 2009 MERCURY Inc.All rights reserved.