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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2018年10月23日

第299回 建設業界と不動産業界を巻き込んだ「2件の重大事件」

 秋も深まった10月後半、建設業界と不動産業界を巻き込んだ、2件の重大事件が世間を騒がした。

 (1)油圧機器メーカーのKYBによる「免震・制震装置の検査データ改ざん」が発覚。
 (2)積水ハウスから「約55億円をだまし取った地面師グループ」を警視庁が逮捕。

 順に説明していこう。

■■■■■KYBによる「検査データ改ざん事件」■■■■■

 はじめに10月18日付け日経新聞の記事を要約する──。

 油圧機器メーカーのKYBによる免震・制震装置の検査データ改ざん問題で、装置が使われている物件は全国で986物件に達する。同社は民間物件を含め、了解が得られた物件名を公表することを明らかにした。不安を抱える関係者は「早く全容を明らかにしてほしい」と憤っている──。

 実はこの記事には、笠井和彦東工大特任教授と私(細野透)のコメントが掲載された。そのうち私のコメントを紹介する。

【A 建築ジャーナリストの細野透氏「監督厳格化へ法改正必要」】

 建築基準法を見直さなくてはいけない状況になっている。

 2015年に表面化した東洋ゴム工業の免震偽装以来、次々と不正が明らかになっており、性善説で捉えていた建設業界への認識を改め、監督をさらに厳しくするように法律を作り直すべきだ。

 人手が足りない中、顧客から高い質を求められるようになり、現場が疲弊しているというのが根本的な背景。品質管理を人工知能(AI)化するなど、新たな仕組みを構築する必要もある──。

 私が指摘するのも変かもしれないが、このコメントには分かりにくい点がある。理想をいえば、次のような表現であれば良かった。

【B 理想的な内容】

 建築基準法を見直して、品質管理体制を強化すべき状況になっている。

 2015年に表面化した東洋ゴム工業の免震偽装以来、機器メーカーによる不正が次々に明らかになっている。建設業界としては機器メーカーへの認識を改め、品質管理を強化するように体制を改めるべきだ。その素案はすでに、「免震材料に関する第三者委員会報告書」(2015年7月29日)で提案されている。

 建設業界および機器メーカーとも人手が足りない中、現場が疲弊して品質管理に手が回らないというのが根本的な背景。品質管理を人工知能(AI)化するなど、新たな仕組みを構築する必要もある──。

 AとBを比べると、ニュアンスが微妙に異なるのが、お分かりいただけるだろうか。それでは、なぜ、このような食い違いが生じたのだろうか。

 その主な原因は、時間に追われる新聞社の記者がコメントを取りたい「識者」にいきなり電話し、口頭で15分〜20分くらい質問と回答を繰り返し、それを文章にまとめて担当デスクに出稿するという取材のスタイルにある。

 今回の場合、私は机に向かって今秋の目玉物件と目されるマンションに関する記事を、締切を意識しながら執筆している最中だった。そういうときに、何の前触れもなしに電話で突然コメントを求められても、頭がそれについていけないのである。

 しかし、私の出身母体の記者からの依頼なので、できる範囲でサポートしてあげたい。よって、「10分後にもう一度、電話をかけ直してください」と伝えた。

 その10分で頭を切り換えて、「KYBの免震・制震装置の検査データ改ざん事件」を思い出し、話す内容を急いで考えた。

 私は電話で15分くらい話したので、字数にすると数千字くらいになる。それを約200字のコメントにまとめるのだから、新聞記者の仕事もなかなか大変なのである。

 この話には続きがある。電話を切った後、しばらくたってから、「そういえば役に立つ資料があったなぁ」と気がついた。

 

 2015年に表面化した東洋ゴム工業の免震偽装事件に際して、国交省が対応策を講じるために有識者を組織して、その提言を「免震材料に関する第三者委員会報告書」(2015年7月29日)としてまとめていたのである。

 日経新聞の記者に教えて上げれば良かったなぁ・・・。そう思っていると、翌日の夕方に、今度は東京の某テレビ局のスタッフからメールがあった。

 「10月18日付け日経新聞で、細野さんのコメントを読みました。電話で取材をお願いできませんか」。

 しかしながら私は、コメント役にふさわしいのは笠井和彦東工大特任教授や細野透ではなく、「免震材料に関する第三者委員会」のメンバーと考えていた。彼らなら、対応策の詳しい説明が可能なのである。

【第三者委員会のメンバー】
 委員長─深尾精一首都大学東京名誉教授
 副委員長─北村春幸東京理科大学教授
 委員─大森文彦東洋大学教授・弁護士
 委員─清家剛東京大学大学院准教授
 委員─中川聡子東京都市大学教授
 委員─西山功国立研究開発法人建築研究所理事

 よってテレビ局のスタッフに、メールで「取材先としては第三者委員会のメンバーが最適と思われます」と書き、さらに「免震材料に関する第三者委員会報告書」のPDFデータを添付して返信した。

 

 しかしながら、某テレビ局のスタッフから再び、「細野さんから、ぜひ話を聞きたい」というメールがあったので、止むを得ずそれに対応した。

 某テレビ局がその後、第三者委員会のメンバーに取材を申し込んだか否かは、よく分からない。

■■■■■「積水ハウス」が「地面師グループ」にだまされた事件■■■■■

 この事件に関しては、本コラムの第258回「積水ハウスはなぜ"地面師"にダマされて63億円ものお金を失ったのか」、および第275回「積水ハウスで"クーデター騒ぎ"、地面師による詐欺事件第2幕」で詳しく説明した。

 今回発生したのは、「積水ハウスから約55億円をだまし取った地面師グループを警視庁が逮捕した」という事件だったので、いわば第3幕に相当することになる。

【テレビ各局のワイドショー】

 新聞・テレビ・雑誌などの各メディアは、第1幕および第2幕で十分な知識を得ていたためなのか、切り込み方も鋭かった。特にテレビ各局のワイドショーは演出が面白かった。次のような感じである──。

 詐欺の舞台になったのはJR五反田駅から徒歩3分の場所にある、休業した旅館「海喜館」が立つ土地で、その朽ちた印象から「怪奇館」と呼ばれることもある約2000平方メートルの土地です。

 この土地を巡って、地面師が暗躍している事実に、多くの不動産会社が気づいていました。しかし積水ハウスだけは、そうと気づかずに、地面師の誘いに乗ってしまいました。

 しかも海喜館の所有者からは、積水ハウス宛てに、「あなた方はだまされていますよ」という趣旨の警告も届いていました。けれども、驚いたことに、積水ハウスはそれを無視したそうです。

 積水ハウスはなぜ、無防備だったのでしょうか。

 それは当時の阿部俊則社長自らが決済した、いわゆる「社長案件」だったためとされています。役員や担当者が社長の気持ちを「忖度(そんたく)」して、そのまま行動してしまうのは、最近の流行です。

 しかも、詐欺事件が発覚してから約6ヵ月経った、2018年2月1日付けの「代表取締役を異動する人事」では、阿部俊則社長は会長に昇任しました。いやはや──。

【「株式代表訴訟」に際しても再び「忖度行為」】

 各メディアが報道したかどうか知らないが、積水ハウスの個人株主から2018年6月25日付けで、興味深い訴訟が提起されている。

 原告は個人株主の矢部雅一氏で、被告は積水ハウスの阿部俊則会長である。

 「原告は、被告に対して、当社が被った分譲マンション用地取引での詐欺事件による55億5900万円の損害について、業務執行上の判断の誤りおよび他の取締役・使用人に対する監視監督責任を怠ったという任務懈怠(けたい)があり、当社に対する善管注意義務・忠実義務違反があるとして、当社に対する同額の損害賠償および遅延損害金の支払いを求めるものです」

 これに対して、積水ハウスの取締役会は7月19日付けで、「原告の請求には理由がないものと判断」して、被告(阿部俊則会長)側に補助参加することを決定した。

 要するに積水ハウスの取締役会は、地面師から「海喜館」の土地を購入することを決済した、阿部俊則会長の意向を再び「忖度(そんたく)」したのである。

 それに反発したのかもしれないが、個人株主の矢部雅一氏は、引き続き2018年9月11日付けで、積水ハウスの稲垣士郎副会長を被告として、同趣旨の株式代表訴訟を提起した。

 これに対して、積水ハウスの取締役会は10月18日付けで、再び「原告の請求には理由がないものと判断」して、被告(稲垣士郎副会長)側に補助参加することを決定している。

 10月18日といえば、各メディアが「積水ハウスをだました地面師が逮捕された」として、熱心に報道し続けている最中である。それなのに、だまされた積水ハウスがよくもこんな決定を・・・。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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