リアナビ

スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2018年4月10日

第279回「道路距離80mを徒歩1分に換算」できない街

 今年の春、マンションの取材で、2ヵ月続けて神戸市に出張した。結果として、神戸の丘陵地帯を延々と歩き回ることになった。

 まず1回目の出張では、阪急不動産と野村不動産の分譲マンション、「ジオ神戸中山手通」を単独取材した。所在地は神戸市中央区中山手通7丁目。かつて「神戸海洋気象台」が立っていた、「歴史ある丘」に建つ地上15階、総戸数256戸の物件である(下図)。


 取材に際しては、最寄り駅からマンションまでの徒歩時間を、メーンテーマの1つにした。物件概要には次のように表記してある。

 ・地下鉄西神山手線「県庁前駅」から徒歩9分

 ・神戸高速東西線「花隈駅」から徒歩10分

 ・JR東海道本線(神戸線)「元町駅」から徒歩13分

 ただしマンションが丘の上(標高約48m)に建設されているため、最寄り駅からマンションに行く道は「上がり坂」になるし、逆にマンションから駅に行く道は「下り坂」になる。

 けれども「不動産の表示に関する公正競争規約」には、「道路距離80mを徒歩1分に換算する」と書いてあるだけだ。すなわち、「上がり坂」「下り坂」をまったく考慮していない。

 そのため自分の足で実際に歩いて、「上がり坂」ではプラス何分になり、「下り坂」ではマイナス何分になるか確認することにしたのである。

 私は理科系出身で、きちんと調べたい性分なので、マンションと駅の間を3回も往復した。

 (1往復目)県庁前駅→マンション東入口→県庁前駅

 (2往復目)花隈駅→マンション東入口→花隈駅

 (3往復目)花隈駅→マンション西入口→花隈駅

 当然ながら「上がり坂」では物件概要の表記より時間が長くなり、「下り坂」では時間が短くなった。

 次に事務所に戻ってから、坂道の勾配と徒歩時間に関する研究論文を探した。適切な論文が見つかれば、「道路距離80mを徒歩1分に換算する」という表記を、次のように改善できる。

 ・上がり坂(勾配A%)の場合には、道路距離80mを徒歩X分に換算する。

 ・下り坂(勾配A%)の場合には、道路距離80mを徒歩Y分に換算する。

 しかし残念ながら、目指す論文は見当たらなかった。すなわちマンションの購入者が実際に歩いて、自分で確認するしかないのである。

 それでもあきらめないで論文を探し続けると、「移動形態の負担量と負担感の評価方法に関する研究」(土木学会第60回年次学術講演会、平成17年9月、名城大学藤井貴浩氏、同・松井寛氏、同・西本将典氏、同・枅川幸詩氏)という論文が見つかった。

 これには、「道路の勾配と心拍数およびエネルギー消費量の関係」を示した図が掲載されていて、それなりに参考になる(下の図)。


 この図には、「平地を歩くときのエネルギー消費量を1.0とした」とき、坂を上がったり下がったりするとどうなるかが示されている。

 「坂を上がるとき」

  勾配5%の坂──エネルギー消費量1.3

  勾配9%の坂──エネルギー消費量2.4

 「坂を下りるとき」

  勾配5%の坂──エネルギー消費量1.1

  勾配9%の坂──エネルギー消費量1.1

 坂を上がるときにはエネルギーをたくさん消費するけれど、坂を下りる場合にはほぼ平地並みという結果になっている。なお勾配5%とは、水平に100メートル進んだとき、上に5メートル上がる坂道になる。

 続いて2回目の出張では、三菱地所レジデンスなど4社の分譲タワーマンション、「ザ・パークハウス神戸タワー」の記者発表に出席した。

 こちらは、神戸市が「景観形成重要建築物」に指定した、石造3階建ての「旧三菱合資会社神戸支店(後のファミリアホール)」をいったん解体。新たに地上33階・総戸数352戸の超高層棟を建設して、その基壇部に旧建物の外壁を復元するプロジェクトである(下図)。


 タワーマンションの所在地は神戸市中央区相生町1丁目。JR東海道本線「神戸駅」を初めとして5路線7駅を利用できるほか、神戸元町商店街へ近いなど立地の良さが際立っている。

 記者発表の席では、真っ先に挙手をして、「このような保存・復元型のマンションは神戸市では何件目ですか」と質問をした。回答は「神戸市では初めてですが、日本では3棟目です」。

 1棟目は2004年に完成した大和ハウス工業の「D'グラフォート横浜クルージングタワー」。これは1934年に完成した「旧第百銀行横浜支店(後の東京三菱銀行横浜中央支店)」と、21階の超高層棟を組み合わせたマンションだ。

 2棟目は2013年に完成したオリックス不動産の「グランサンクタス淀屋橋」。これは1918年に完成した「旧大阪農工銀行ビル(後の八木通商大阪本社)」と、13階の高層棟を組み合わせたマンションだ。 

 私としては、「ザ・パークハウス神戸タワー」の取材を終えた後、神戸市内に保存・復元型のマンションがあれば、そこを見て回る積もりだった。

 

 しかし神戸市内には先例がない、という話だったので予定を変更。神戸北野の異人館街を訪ねて、保存建築物の現状を見て回ることにした。

 そこでタクシーをつかまえて、運転手さんに次のようにお願いした。「北野の異人館街をざっと回って、主な建物を教えてくれませんか。各建物の位置が分かったら、後は歩いて見て回ることにします」。

 その運転手さんは親切な人だった。

 「異人館街は全体として道が細いのに加えて、坂道だらけです。しかも坂道の傾斜はかなり急です。そのため、坂道を上がっていく車と下がっていく車が出会うと、すれ違うことができなくて厄介な事態になります。つまり、タクシーの運転手としては、余り歓迎できません」

 「ただ、観光ではなくて、仕事のために異人館を回りたいということですので、私としてもサポートします。行ける所まで行ってみましょう」

 けれども、異人館街に着いて最初の坂道を上がっている最中に、具合の悪いことに、上から車が下りてきた。そして道が細いため、すれ違うことができなかった。

 このような場合、上から来た車はバックするのが難しいので、下から来た車がバックするしかない。結果として、私が乗っていたタクシーが、坂道の出発点まで戻ることになった。まさしく運転手さんの言うとおりだった。

 そのため、運転手さんにお礼をいって、タクシーを下車。後は坂道を自分の足で歩き回った。

 まず最も高い場所にある異人館とされる「うろこ美術館」を目指して、オランダ坂を「きついなあ」と思いながら上がった。そしてやっと美術館に着いたのだが、エレベーターがないため、3階にある展望室まで階段を上がった。

 この展望室は標高が150m。これは「ジオ神戸中山手通」の標高、48mの約3倍である。確かに眺めはいいのだが、ここにたどり着くまでのエネルギー消費量は、平地の3~4倍くらいになったと思われる。

 その後、「風見鶏の館」など4館を回ったがすべて似たような感じで、神戸市の丘陵地帯の「実力」を十二分に体感した。

 このように2月の取材でも、3月の取材でも、「神戸市には丘陵が多いので、道路距離80mを徒歩1分に換算することができない」と感じた次第である。

 参考までに、日本開発構想研究所・研究主幹の西沢明氏が執筆した論文、「日本の斜面都市」から引用した図を紹介しておこう。
<http://www.ued.or.jp/media/39/20100212-100212shamen_toshi.pdf>

 この図を見ると、神戸市の丘陵地帯の「実力」は、主要都市では横浜市、長崎市、広島市に次いで第4位であることが分かる。


 なお図に青色で示された横棒は、各都市の人口が多い地区(国勢調査の人口集中地区)の面積(ヘクタール)のうち、傾斜度15%以上の地区を意味。また赤色の横棒は傾斜度20%以上の地区を示している。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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