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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2017年6月20日

第251回政府の「働き方改革」で、マンション建設費がさらにアップ?

 政府の「働き方改革実現会議」は、残業時間(時間外労働)について新しい方針を固めた。

 従来は、雇用者と労働者が合意すれば、残業は何時間でも可能だった。これに対して、今後は原則として1年で360時間まで、1カ月で45時間までに制限した。

 さらに、雇用者と労働者が合意した場合でも、いわゆる"過労死ライン"を超えないように、年720時間まで、月100時間未満、2カ月~6カ月の平均で各80時間以内と制限した。

 そのため国土交通省は2017年度から、建設作業員が週に2日は休むことができるように、工期を延ばすなどした工事の発注を大幅に増やす。

 これを受けて、大手ゼネコンで組織する日本建設業連合会(日建連)は、「週休2日推進本部」(本部長、清水建設の井上和幸社長)を設置。週休2日の実現に向けて、注力することになった。

 ゼネコンで働く社員の労働環境に関しては、日本建設産業職員労働組合協議会(略称・日建協、35組合、3万1000人が加盟)が公表した、「2015年時短アンケートの概要」(2016年4月発行)が参考になる。

 ゼネコン建築部門は大きく内勤事務系、内勤建築技術系、外勤建築技術系に分かれる。このうち残業時間が最も長いのは、表に示すように人手不足が深刻な建築現場(建築作業所)で働く外勤建築技術系の社員である。そして、毎月の残業時間は18.4%が80~100時間未満を占め、さらに29.9%が100時間以上に達している。

 過労死ライン──残業時間が月100時間以上、または年720時間以上、または2カ月~6カ月の平均が各80時間以上──を上回る対象者を見ると、外勤建築技術系のうち、驚くべきことに83%もの社員が該当している。

 上の表は、内勤事務系、内勤建築技術系、外勤建築技術系の「月ごと休日取得状況」である。内勤社員が休日11日のうち10日以上を取得できているのに、外勤社員はわずか7.1日に過ぎない。

 残業時間が長ければ、当然ながら疲れがたまる。残業時間が100時間を超える社員のうち、実に84.5%もの人が「ストレスを感じる」と答えている。

 外勤建築技術系の社員に「建設業に魅力を感じない理由」を聞くと、次のように回答している。

 (1)労働時間が長い─70%

 (2)賃金水準が低い─37%

 (3)前近代的体質が残っている─33%

 ゼネコンの外勤建築技術系社員が、「労働時間が長い」という理由で「建設業に魅力を感じていない」のは、誠にゆゆしい事態である。日建連が3月末に「週休2日推進本部」を設立したのは、以上のような深刻な実態があるからだ。

 この表は日建協が調べた「土曜日に作業所(工事現場)を休めない主な理由」である。その筆頭には、「発注者が短工期で発注する44%」という項目が挙げられている。

 そして、短工期で発注する発注者と指摘されているのが、民間マンションデベロッパーである。次の表を見てほしい。

 マンションデベロッパーの工事は4週4休が70.4%であるのに、マンションデベロッパー以外の工事は4週4休が53.6%に止まっている。すなわち明らかにマンションデベロッパーの分が悪い。そして、これを改善しようとすると、工期を長くするか人手を増やさなければならないので、必然的に工費もアップしてしまう。

 要するに、政府の「働き方改革実現会議」の計画が実施されれば、ただでさえ人手不足で高騰気味のマンション建築費はさらにアップしてしまうのである。

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャ─ナリスト。建築専門誌『日経ア─キテクチュア』編集長などを経て、2006年からフリ─ランスで活動。

東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。

著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『ありえない家』(日本経済新聞社)、『耐震偽装』(日本経済新聞社)、 『風水の真実』(日本経済新聞出版社)、『東京スカイツリーと東京タワー』(建築資料研究社)、 『巨大地震権威16人の警告』(共著、文春新書)、『謎深き庭 龍安寺石庭』(淡交社)など。


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