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スペシャリストの眼

「斜め45度」の視点

2011年5月10日

第30回マンションに「優しい」巨大地震

 東日本大震災では、新耐震マンションだけではなく、旧耐震マンションも大破を免れた。その理由は、「キラーパルス」が阪神大震災の2割から5割という、「優しい地震」だったためである。

 京都大学防災研究所の川瀬博教授は、4月上旬に開催された建築学会の緊急報告会でこう説明した。

 「今回の地震は、マグニチュード9と巨大な割に、建物の被害は多くはなかった。それは、地震波が短周期(0.5~1秒)型だったため。津波に関しては最悪の地震であり、地盤(液状化、斜面崩壊)に関しても深刻な被害をもたらしたが、建物に関しては最悪の地震ではなかった」

 地震波にはいろいろな周期の波が含まれている。そのうち、「0.1~1秒」の波は人体感覚および室内物品の動きに対応し、「0.5~1秒」の波は建物の中小被害に対応し、「1~2秒」の波は建物の大きな被害に対応する。そして、特に、周期1~2秒の地震波は「キラーパルス」とも呼ばれる。

 今回は、震度7だった宮城県栗原市築館や、震度6強だった仙台市でさえ、建物に最悪の被害をもたらす周期1~2秒の地震波は、阪神大震災の2割から5割にとどまった。


 そのため、マンションは大きな被害を受けることはなかった。高層住宅管理業協会が公表した東北6県マンション調査によると、調査対象1642棟のうち、幸いにも大破は0棟だった。これはキラーパルスが弱かったためだ。

 東日本大震災の地震のエネルギーは、阪神大震災の約1450倍。それでも、キラーパルスは阪神大震災の2割から5割に過ぎないのだから、ある意味では不思議な現象である。

 これに対して、阪神大震災では、旧耐震物件73棟が大破しただけではなく、地震に強いと期待されていた新耐震物件でさえ10棟も大破した(東京カンテイ調べ)。要するに、マンションの運命を左右したのは、震度ではなく、その中に含まれるキラーパルスの強弱である。

 阪神大震災の後につくられ、政府・中央防災会議が大地震の被害度判定に使う「全壊率テーブル」と呼ばれる2枚の表がある。


 表1「木造建物の全壊率テーブル」のうち、青線は昭和56年以降の新耐震建物の強度の平均値を示し、青い三角点は個々の建物の強度を示す。例えば、計測震度6.6の個所を見ると、全壊率の平均値は0.22(22%)であるが、建物によっては全壊率0.1(10%)にマークされたものもあれば、0.3(30%)にマークされたものもある。

 前者(0.1)は建物が強かったか、キラーパルスが弱かった場合である。後者(0.3)は、建物が弱かったか、キラーパルスが強かった場合である。

 表2「非木造建物の全壊率テーブル」を見ると、同じ震度7であっても、計測震度6.6で新耐震物件の全壊率が0.075(7.5%)にとどまるのに、計測震度が7.0になると一気に0.225(22.5%)にまで跳ね上がっている。非木造とは、鉄筋コンクリート造や鉄骨造のことなので、マンションも含まれる。

 建物の最低基準を示しただけに過ぎない、建築基準法クラス(耐震等級1)で満足することなく、より強い等級2あるいは等級3という安全領域を目指してほしいと思う。

 参考資料

 図1「東京大学地震研究所HP」から抽出

 表1・2「牛久市・ゆれやすさ防災マップ」から抽出。これは、内閣府「東南海・南海地震防災対策に関する調査報告書」の表を、牛久市がビジュアルに加工し直したもの

細野 透(ほその・とおる)

建築&住宅ジャーナリスト。建築専門誌「日経アーキテクチュア」編集長などを経て、2006年からフリージャーナリストとして活動。  東京大学大学院博士課程(建築学専攻)修了、工学博士、一級建築士。日本建築学会・編集委員会顧問。 ブログ『建築雑誌オールレビュー』を主宰。日経産業新聞『目利きが斬る・住宅欄』に寄稿。  著書に、『建築批評講座』(共著、日経BP社)、『建築家という生き方』(共著、日経BP社)、 『ありえない家』(日本経済新聞社)、『建築産業再生のためのマネジメント講座』(共著、早稲田大学出版部) 、 『耐震偽装』(日本経済新聞社)、『風水の真実』(日本経済新聞出版社)ほかがある。


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